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act.3 女王と姫ともう1人の女王
「白井莉花です。皆さん、よろしくお願いします」
金曜日の放課後にマーヤが目撃した転校生は、2Bに配属された。美少女の転入に、女子は不穏にヒソヒソ、男子は分かりやすくざわついている。少し茶色かがったショートボブに、つり目気味のアーモンドアイ、左目の下の泣きぼくろ――名前はうろ覚えだけど、間違いない。あの子だ。
「白井さんは、幼稚園までこっちにいたのよね?」
担任の西本純奈先生は、他意のない笑顔を壇上の生徒に向ける。
「はい」
「じゃ、知っている人がいるかもしれないわねー」
ああ、純ちゃんの馬鹿。
「そう、ですね……」
もう机に突っ伏したい。なんだって、2Bなんだ。学校の神様がいるなら、この采配が恨めしい。
「ね、美姫、あの子って」
気付いたマーヤが後ろから背中をつついてきた。
「ん、多分そう」
極力見ないように気配を消していたのに、転校生は1本右の通路を進んでくると、ピタリと足を止め、あたし達を指差した。
「やっぱりっ! あんた、みきでしょ!? 北野美姫!」
良く通るソプラノボイス。あの頃と変わらない、物怖じしない喋り方。
「あー、リカちゃん、よろしくぅ……」
「は? ジョーダンじゃないわよっ! 私、あのお遊戯会のこと、忘れてないんだからねっ!」
アーモンドアイを更につり上げて、リンゴを渡せずにドアを叩き倒した女王様は、8年も前の禍根をぶちまけた。
あたし達の間に横たわる暗くて深い溝は、すぐにクラス中に知られることになった。うちの中学校は、地域単位で自動的に持ち上がる公立中学校ではない。色んな地域から受験を勝ち抜いた子ども達が通う、私立大学付属の中高一貫校だ。あたしは、“ゲーノージン姫川星華の娘”という色眼鏡で見られるのが嫌だったから、頑張って勉強してここを選んだ。なのに、そんな涙ぐましい努力を、白井莉花はたった1日で打ち砕いてくれた。
「気にすることないって、美姫」
「そうそう、美姫は美姫じゃん」
「でもさぁ……教えて欲しかったかもぉ」
「ね、芸能人が家に来たりするの?」
ああ、うるさい。こういう煩わしさが嫌だったのよ!
あたしの素性は、美人転校生の登場と共に、センセーショナルなニュースとして校内を駆け巡った。男女問わず、休み時間に教室を覗きに来たり、朝礼の時に指を差されたり。マーヤがガードしてくれたけど、トイレに行くのも気を遣う。
平穏な学生生活が崩れ、あたしは苛立ちを抑えながら、息を殺すように日々を送っていた。
大道具、小道具、、音楽が全て揃い、演者班の通し稽古も始まって、文化祭まで残り1週間となった金曜日の4限目。体育でバレーの授業中、マーヤのアキレス腱が切れた。
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