act.1 白雪姫の悲劇

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act.1 白雪姫の悲劇

 トントン……トントン 「こんにちは。美味しい、リンゴは、いかがかね?」  良く通る女の子の声が、シンと静まり返った空間に響く。あたしは振り返り、身長の1.5倍はあるドアに視線を走らせる。この薄いドアの向こうに、黒マントで正体を隠した継母――この国の女王がいる。あたしの命を奪うため、リンゴ売りの老婆に変装してやって来たのだ。  トントン……トン、ドン 「美しい、お嬢さん、そこに、いるんだろう?」  女王の声が大きくなる。あたしは部屋の中に視線を戻す。木製テーブルの上に、簡素な木の食器が並んでいる。あたしと、この家の小さな住人達のための8人分のコップと深皿――。  ドン、ドン! 「おうい! 早く、出てきておくれ!」  ドアがミシリと音を立て、扉を支える枠組ごと微かに揺れる。あたしは口を開け、第一声を絞り出そうとするが、喉の奥がヒュッと締まって、上手く息が出来ない。パクパクと金魚みたいに繰り返すも、舌が強張って動かない。脂汗が額に浮かび、足が震える。湿った両手をギュッと握りしめる。手首まで冷たい。 「――あ、ぁ……」  ダメだ――声が出ない。 (どうしたのかしら?) (おかしいわね) (見て。あの子、真っ青よ)  …………  ……  異変に気づき出した人々が、あちらこちらで囁き合う。あっという間にざわめきがうねり、小波のようなノイズとなって暗闇の向こうから足元へザワザワと押し寄せてきた。 「ちょっと! なにしてんのよ!」  ドン、ドンドン……ミシッ  苛立ったような、泣きそうな声が上がり、激しくドアが叩かれた瞬間。  バキッ! バキバキ……!  木枠から外れたベニア板のドアが、あたしの目の前に倒れてきた。 「きゃあああっ!」 「中止よ! 一旦、止めて!」 「わあああん! みきちゃんのばかぁ!」 「幕っ! 早く、幕を下ろしてぇっ!」 「し、しばらくお待ちくださいっ!!」  怒号が飛び交う。天井からの照明が消え、暗転した舞台に幕が下りてきた。あたしはドアの下に倒れ込んだまま。緊張の糸がフツリと切れた途端、力が抜けて……。そのあとのことは覚えていない。  あれは、あたしが6歳の秋。幼稚園最後のお遊戯会、「白雪姫」の舞台は悲劇の記憶(トラウマ)を刻んだ。
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