英雄がいた街

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 宇宙人が蒔いていったヒロニウムって物質への免疫反応の結果、僕のいる世界の人類の約95%はヒーローに変身できる。  でも、残りのヒーローに変身できない5パーセントの純粋な人間は『ゴブリン』と呼ばれ、歳をとるとゴブリンの中のほんの一部の人は悪魔に変形し、街に害をもたらす。  だから、変身できない人は……それだけでゴブリンだとみなされて、みんなから迫害を喰らう様になった。  子供のうちはみんな変身はできないけど、小学校の中学年くらいからチラホラと現れ、大体、六年生になる頃には90%の子供が変身できる様になる。  保健体育の教科書には『お股に毛が生えたりするのと同じような思春期の変化だ』と書いてあった。  五年生と六年生は年に一回、学校でヒーロー講習というのがあって、その時はヒーローの姿に変身して、警察の人の講習を受ける事になっている。  まだ変身できない子供にとっては、人生にくる最初の難関の一つだ。  ヒーローになる過程はまず顔が変身できる様になり、そこから段々全身に広がっていく。  大人になると光線を撃てたりする人もいるけど、とにかく顔にマスクがあれば変身とみなされる。  だから変身できない子供の親は、その日になると子供にプロレスラーの様なマスクとスパッツを渡す。  それを子供は学校の講習の前にみんなに見られない様に着替え、変身した様にしなければならない。  もし、マスクを被っている所や、隠し持っているのを見つかったら……その日から「ゴブリンだ」と決めつけられ、イジメられる。  もちろん、中学に入ったり、高校に行ってから変身能力に目覚める事はある。でも小学五年生で変身が出来ないというのは、ほぼゴブリンである可能性が高い。 「ゴブリンの全員が凶悪になるわけではありません」  先生はそう言うが、内心では先生もゴブリンを恐れ、見下し、軽蔑している。だから、ゴブリンだとバレた生徒へのイジメは黙認される。  田所君、みたいに。  小学六年生のヒーロー講習の日。  僕はお母さんから貰った去年もつけたマスクを下着のパンツの中に隠して登校した。  ここなら、誰にもバレない。講習は三時間目。一時間目と二時間目のトイレを我慢すればいい。  ヒーローと言うのに託けて、人にバレない様に変身する生徒も大勢いるので、その子達に紛れて、着替えを隠してしまえば、バレないんだ。 「俺、朝から変身してきちゃったぜ!」  教室に入ると向井君の大声が聞こえた。  向井君は小学校二年生から変身できる様になったらしく、度々、教室でも変身したマスク姿を披露している。  そして、田荘君をいじめる主犯格の一人でもある。  田所君は今日も学校に来ていた。  どうせ、変身できないとバレていても、今日は休めない。この一年で変身できる様になった可能性だってあるんだ。 「ゴブリンが何で講習受けようとしてるんだぁ〜」  向井君が机に座っている田所君にちょっかいをかけ出した。  僕はそれを見て見ぬ振りした。  僕は父さんじゃない。  僕の父さんはゴブリンの人権を主張する団体のリーダーをしていた。僕のお母さんがゴブリンだったからと言うのも大きかったらしい。 「ゴブリンは純粋な人間です。なのになぜ我々は人間をゴブリンと差別する名で呼ぶのですか!」  父さんはゴブリンでは無かった。  でも、母さんや他のゴブリンの人達の前ではずっとゴブリンのフリをしていた。それくらい、ゴブリンの人々は周りの人間に敏感に生きているんだ。    父さんは何者かに殺されてしまったけど。  二時間目のチャイムが鳴り、休み時間になった。  僕は変身するために学校中へ散って行く生徒に紛れて、一人になれる場所へ向かった。去年も着替えた家庭科準備室の掃除道具入れの中。  急いでマスクを被って、服を脱いで、マスクと一緒に用意したビニール袋に服をしまっていく。  ズボンの下には家からスパッツを履いて、プロレスラーっぽいヒーローの姿に着替えた。  ガタッ。  その時、掃除道具入れの中に光が差した。 「えっ」  そして薄く開いた掃除道具入れの扉の向こうに田所君の顔があった。  バレた。  心臓がぎゅっと縮んだと同時に田所君は、バタン! とドアを閉めた。  顔は見られてないけど……着ている服を見られてしまった。  血の気が引いて、その場に倒れそうになった。  もし、僕がゴブリンだって田所君が吹聴したら……想像するだけで恐ろしかった。  何事も無いように体育館に走ったけど、さっきのストレスでお腹が痛くなって来たので、僕は講習を休んで保健室で眠る事にした。  どうしよう……どうしよう……  保健室で寝ていたので着替える猶予だけは多かった。  カーテンの向こうで講習が終わった同級生が無言で着替えている姿がシルエットになって映っていた。  六年生で90%だと、1クラス四十人につき四人はまだ変身できない子がいる計算だ。  僕はそっちにカーテンの切れ目からたまに服の袖が見える。  僕は見ないように寝る向きを反対にして、寝ているフリをした。  教室に帰ると、田所君の席の周りにイジメ集団の人だかりができている。でも、何か様子がおかしい。 「ゴブリン、そいつの顔、見たんだろ!」  向井君が田所君の机を強く叩いた。  僕は隣の席の子に「何?」と聞いた。 「田所君が着替えている現場を押さえようと尾行していた向井の手下が、家庭科準備室から着替えないで出て来る田所君を見たんだって」 「え」  僕はまたお腹が痛くなってきた。 「誰かが着替えてたから、お前は着替えないで出てきたんだろ?」  向井君が今度は机のパイプを思いっきり蹴った。  田所君は俯いて、無言を貫いている。  けど、一瞬、チラッと僕を見た。  僕の体が熱くなった。  やっぱり、見られてたんだ。 「ゴブリンの人は一人知ってる」  田所君がボソッと言い、向井君達が「ヒュー」と囃し立てる。 「このクラスか?」  田所君は無言で頷いた。  心臓の鼓動が止まらない。  そこでチャイムがなり、四時間目の授業に入った。  ヒーロー講習がある日は変身した体力の低下から、六年生は午前中で授業が終了になる。  四時間目が終わったら、僕達は帰りのHRの後、一斉に下校となった。  だけど、田所君が向井君達に連れて行かれるのが、僕の視界に入って来た。きっと、さっきの続きをやるんだ。  僕は彼らにバレないように、離れた場所から尾行する事にした。  体育館裏に連れてこられた田所君は向井君のグループ数人に囲まれている。 「ほら言えよ、田所。誰だったんだよ?」  田所君は無言を貫いている。 「言ったら、お前を俺らの仲間に入れてやってもいいぜ。これからはソイツをターゲットにするからよ」 「えっ」  田所君の顔が上がった。 「だから言えよ。誰だよ、家庭科準備室にいたのは?」  今出て行ったら、自分だと言っている様なものだ。でも居てもたっても居られない。くらいに僕の心は平静では無くなっていた。 「誰だ、そこにいるのは!」  向井君の仲間の一人がこっちに視線を向けて怒鳴った。  見つかってしまった。 「中町じゃねぇか。何してんだ、そんな所で?」  僕は笑って誤魔化しながら、みんなの方に歩いて行った。 「ぼ、僕も誰がゴブリンなのか、気になっちゃって……」  適当な嘘をついたが、足はガクガクに震えていた。 「まぁ、いいや。中町も聞いていけよ。誰だよ、田所。家庭科準備室にいたのは?」  田所君は俯いて、口を開いた。 「それは言えない」  僕の口から思わず「えっ」と声が漏れた。 「何で言えねぇんだよ! さっきと話が違うだろうが!」  向井君の拳が田所君の顔に入った。  それを合図にみんなが一斉に田所君を殴り始めた。 「おい、中町! お前もやれ! こんなゴブリン、いなくなった方が世の中の為だろ!」  向井君がそう言った。  僕の体が一気に沸騰した。 「お父さん、ごめん」  僕は父さんとの約束を破る事にした。 「変身」  僕が腕を上げて、そう言うと僕の体は大きく発光し、全身を鎧のようなフォルムが包み込んだ。 「な、何変身してんだ、テメェ」 「おい、なんだ、コイツ。こんなのさっきの講習にいなかったぜ!」  向井君達が驚いている。  それもそうだ。小学校六年生でこんな全身に鎧みたいなスーツを着てる生徒はまずいない。大人でも珍しいんだから。  でも、一番、驚いているのは田所君だった。 「テメェ!」  向井君の仲間も変身して、僕に向かってきたが、片手でこづいただけで、校舎のコンクリートにまで吹っ飛んでめり込んだ。  それを見て、向井君達は悲鳴を上げながら、一目散に逃げて行った。 「なんで、変身できるのに、着替えてたの?」    二人で下校していると田所君が聞いて来た。 「父さんと約束したから。変身できるとお母さんが気を使うから、お母さんの前だと僕は変身できない事になってるんだ。だから、変身は命の危険の時以外はしないって」  田所君は「へぇ」って言った。 「田所君はなんで、僕の事言わなかったの?」  田所君は恥ずかしそうに言った。 「仲間を売るなんて、最低じゃないか」  そう言った田所君の照れた表情が、最高にカッコいいと思った。 「でも、なんで僕を助けてくれたの? 変身までして」  僕も照れ臭い顔で言った。 「友達を見捨てるなんて、最低じゃん」  僕らはニコッと笑った。  でも、田所君の言っていた、変身できない子って誰だったんだろう? 「向井君だよ」  田所君に聞いたら教えてくれた。 「でも、向井君は小二から変身してたよ」 「あれはカモフラージュだよ。向井君、両親とも変身できないから、向井君は変身できない可能性が高いって、早いうちに予防線を張ってたんだと思う」  そうか、早く変身したら、誰も疑わない。  だから逆に向井君は田所君をイジメていたのか。 「でも、なんで知ってるの?」 「君のお父さんの集会で向井君の一家を見たんだ」 「お父さんの……」 「誰にも言っちゃダメだよ」 「なんで?」 「仲間を売っちゃダメだよ。彼も僕の仲間だから」  それでイジメられても、ずっと何も言わなかったんだ。 「君は凄いな」  僕の口から自然と言葉が漏れた。
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