6人が本棚に入れています
本棚に追加
***
人の背中のうしろに、妙な“もやもや”が見える。そしてそれが見えているのは私だけだと気づいたのは、幼稚園の時だった。
幼稚園の時のお絵かきの時間。大好きな先生と友達みんなで、お庭で遊んでいる絵を描いたのである。お世辞にも上手とは言えない絵だったが、最低限の特徴は捉えていただろう。木に登る男の子、それを心配そうに見上げる先生、走る私に追いかける友達。それからついでに、幼稚園で飼っていた犬。
私はその中の数人の背中のうしろに、紫色でもやもやとした線を書いた。それが何なのか、幼い私にはわかっていなかった。きっと体の一部か何かなんだろうとぼんやり思っていたのである。大人にはくっきり見えることが多く、子供にはあまり見えない。そして、自分と、動物にはまったく見えない。まあ、動物に見えない理由と私に見えない理由は別のものかもしれないが。
『摩央ちゃん、駄目よー。変なもの書いたら』
私の絵を見た先生が、苦笑いして言った。人物の後ろに書くもやもやが、ただならぬ存在だと薄々察知したのかもしれない。普通は駄目、なんて言い方幼児にはしないだろうから。
『紫色の髪じゃないでしょ、みんな。このクレヨンの、もやもやしたものはなに?』
『先生とか、ナオちゃんの後ろにあるもの?』
『うん。特に先生のうしろ。まるで紫色の湯気でも出ているみたいじゃない?これじゃ、まるでお化けに憑りつかれてるみたいで、先生怖いなあ』
思えば。あんな言い方をしたのは、少なからず先生に心当たりがあったからかもしれなかった。私は先生の言葉でやっと“そうかもしれない”と答えを得たのだ。
この様子なら先生にはもやもやが見えていない。だったら多分、あれの正体は。
『そうかも!先生の後ろに、おばけがいるのかも!』
遠目からだと、人の後ろにいるもやもやは紫色の湯気にしか見えない。でも、ある程度多くの湯気が立ち上っている人が目の前にいると、その人の後ろにあるものがもう少しはっきりくっきりとわかるのだ。
そう、大量の湯気だけではない。
その中には確かに、誰かの顔が浮かんでいる。
『先生の後ろに、紫色のもやもやがあってね。眼鏡の男の人?の顔が浮かんでるの!先生、おばけに憑りつかれてるのかも!』
それを見て、先生は息を呑んでいた。――どうやらこの先生がストーカーに悩まされていたらしい、その相手が眼鏡をかけた男性だったらしいと知ったのは、もう少し後になってからのことである。
最初のコメントを投稿しよう!