わかれる、わかれる。

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わかれる、わかれる。

「ごめんなさい、別れて」 「え……」  私はそう告げた時、征大(せいた)はわかりやすくショックを受けた顔をした。同じ大学のゼミ生。同級生で、私の彼氏。  そんな彼は眉を八の字に下げてこう言う。 「……ごめん。僕が何か、君の気に障るようなことをしたら改善する。だから、何が駄目だったか言ってほしい。僕は……君と、別れたくない」  これがヤンデレ男だとか、ストーカー男とか、亭主関白の横暴男の言葉だったら鼻で笑い飛ばせていたことだろう。今まで散々私に横柄な振る舞いをしてきて一体どの口がそんなことを言うんだ、それなら愛想を尽かされる前にどうにかすればよかったじゃないかと。  しかし今、大学の講義棟の廊下で、私の目の前にいる彼は。そのような愚かな面など全くない人物だった。  強いていうならちょっと“優しすぎる”“お人よしすぎる”ことが難点かもしれない程度。  くりくりとした大きな目に、ちょっと癖のつよい茶色がかった髪。まるでトイプードルのように愛嬌があって、弟属性の彼。とことん尽くしたいタイプと自分で言っていたのもあいまって、彼は私が困っている時はいつだって助けてくれた。  風邪をひいて倒れた時、家に来て作ってくれた御粥の味は今でも忘れていない。ウサギのリンゴを作ってくれとリクエストしたら、一生懸命練習してリンゴさんを出してくれた。料理はするけど、こういう細かな作業は苦手で、と笑っていた。苦手なことでも、私のためならばどこまでも努力してくれる、そんな一途な征大のことが私は大好きだったのである。  ただ、その優しさの一部は私以外にも向けられる。女子も男子も問わず、頼まれたら断れないタイプ。可愛い顔立ちもあいまって男女問わず大人気だった彼は、私と付き合うようになっても後輩の頼みを断れず、制作スタジオで囲まれているのを何度も見たことがあった。  そこに嫉妬を覚えたことがないわけじゃない。  でも本来、そんな程度大好きな彼と別れる理由になんかならないはずなのだ。 「……本当にごめんね、征大」  私は拳を握った。私が彼と離れる理由、それは。 「私、めちゃくちゃ卑怯なの」  間違いなく、本人は気づいていない――彼の“うしろ”にある。
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