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どういうことなのか、状況をはかりかねる。とりあえず何か返事をしなればと思い、春菜は半ば冗談交じりに、ありえない仮説を口に出した。
「そうすると、私はこの方を保育するということですか」
「そうよ。だから、わざわざあなたを派遣してもらったんじゃない」
奥様はそう言うと、再び男に挨拶を促した。振り返った男の口元には無精髭が生えていて、深いほうれい線が刻まれていた。肌は赤黒い。年齢は五十歳くらいだろうか。
彼は面倒くさそうな目つきで春菜を睨み、「こんにちは」と呟いた。
「私はこれから出かけるから、何か困ったことがあったら、この内線を鳴らしてちょうだい。山崎さんが対応しますから」
奥様は、座卓の上に置かれた電話子機を指した。
「あの……」
疑問が言葉にならず、春菜は口ごもった。
「じゃあ、あとはお願いしますね」
そう言い残すと、老女は足早に部屋を出ていった。
いったい何が起こっているのだろう。春菜は畳の上にたたずんだ。私はベビーシッターとして派遣された。ベビーシッターは子供の面倒を見る仕事だが、世話を任されたのは父親でもおかしくない年齢の男。やはり意味がわからない。
肩に下げていた鞄から、スマートフォンを取り出す。勤務開始時は会社に連絡を入れる決まりだったので、どちらにしても何らかの報告はすべきと考えてのことだった。
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