90人が本棚に入れています
本棚に追加
一回目の呼び出し音が鳴り終わる前に、大きな声が聞こえた。
「はい、フジワラ・シッター・サービスです」
「東川です。今、西岡さん宅にお邪魔しているのですが、ちょっと問題が起こりまして」
「お疲れ様。どうしたの?」
応答したのは、春菜の面接を担当した藤原という男だった。愛想は悪くないが、声が大きく、がさつな印象のある小太りの男だ。
「依頼者の方が、大人の男性の面倒を見ろって言うんです。何か勘違いされているのかと思って」
「ああ、そうだった。ちゃんと伝わってなかったのかな」
「え?」
相手も驚くことだろうと考えていた春菜にとって、藤原の落ち着いた声は予想外だった。そんな戸惑いをよそに、彼は淡々と話を続ける。
「幼児退行って知ってる? 赤ちゃん返りとも言うのかな。精神が子供に戻ってしまう病気。うちはそういう客の保育もしてるんだよ」
「どういうことですか。それじゃ介護じゃないですか。ベビーシッターって、子供の世話をする仕事ですよね?」
「たしかにベビーシッターは子供の世話をする仕事だけど、彼らも中身は子供だから同じことだよ」
「はあ?」
ふと自分が大きな声を出していることに気づいた。部屋の奥に目をやると、あの五十男がこちらに視線を向けている。春菜はその視線を避けるように、壁の方向に向き直った。
「どこが簡単な仕事なんですか。大人の世話をするなんて聞いてないですよ」
最初のコメントを投稿しよう!