恐竜あらわる(3)

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恐竜あらわる(3)

古びた和室に戻ると、男がスケッチブックを抱えて近寄ってきた。 「これ何の絵かわかる?」 すえた臭いが鼻を刺激する。春菜は思わず顔をしかめた。古びた柱や畳の臭いなのか、彼の醸し出す加齢臭なのかわからないが、不快なことはたしかだ。なぜ封筒を受け取ったのか、後悔の念が胸の内を覆っていく。 英樹という大きな子供は、同じ質問を繰り返した。 「ねえ、これ何の絵かわかる?」 「えっと、鳥ですか?」 とっさに返した言葉は、敬語だった。精神が子供とはいえ、自分の父親くらいの年齢の男に友達言葉で話そうとは思えない。 「違うよ。ティラノサウルスだよ」 英樹は、開いたままの図鑑を差し出した。 「この恐竜はね、一番強い恐竜なんだよ。お姉ちゃんも描いてみてよ」 春菜が図鑑とスケッチブックを受け取ると、彼は満足気な顔で座卓の前に座り込んだ。かと思うと、また立ち上がり、素早い動きで春菜に向かってきた。身構えた春菜の目の前で急停止する。 「描けたら見せてね」 差し出された手には鉛筆が握られていた。黙って鉛筆を受け取ると、彼は座卓の前へ引き返した。 春菜は、息を吐いた。英樹のほうを気にしながら、座卓から少し離れた場所にゆっくりと腰をおろす。
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