風の中の声

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男はそう言うと、従えていた部下を引き連れてエレベーターへと向かった。母は、二人に向かって頭を下げた。 春菜は、ゆっくりとした足取りで病室へと向かった。廊下の左右には、相部屋の病室が並んでいる。ほとんどの部屋は、入り口が開いていて、腕や足に包帯を巻いた患者が横たわっていた。 中村が入院している病室に入ると、春菜と同じように頭に包帯を巻いた患者が手前のベッドに寝ていた。 奥の窓際にはもう一つ、カーテンで閉じられたベッドがあった。 「入っても大丈夫?」 「春菜か?」 呼びかけると、聞き覚えのある声が返ってきた。そっとカーテンを開けると、中村は手足に包帯を巻かれ、片足を吊るされていた。 「そんなに暗い顔すんなよ」 「だって……」 春菜は言葉に詰まり、うつむいた。目から勝手に涙が溢れてきた。 再び顔を上げると、母が中村に手土産を渡していた。 「中村君、春菜を助けてくれて本当にありがとう」 「いえ、とんでもないです。僕は大したことしてないので」 あいかわらず嫌味なくらい爽やかな笑顔だと、春菜は思った。 「私は向こうで待ってるから。あとは二人でゆっくり話しなさい」 母はそう言って病室を出て行った。 「変な気を遣わせちゃったな」 中村は、はにかんだような表情をした。 春菜は息を整えてから、彼に向き直った。 「ごめんね、こんなことになって。何て言ったらいいか」
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