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春菜はため息をついた。せっかく新しい仕事が決まったというのに、母も弟もまったく気遣いがない。アルバイトとはいえ、仕事にはちがいない。これから家にも金を入れて、家計を助けるつもりなのに。崩れた目玉焼きを見つめていると、母が横から顔を出した。
「ああ、やっちゃったね。しかたない、それ私が食べるから」
「うん」
春菜が頷くと、母はダイニングキッチンの隣にある寝室へと向かった。錆びた蝶番の、嫌らしい音が響いた。
トースターがまた甲高い音を鳴らす。焼き上がったパンを食卓の皿にのせようとして、春菜は目を見開いた。
「うわ、私のウインナー一本も残ってないじゃん」
弟は何も言わずにテレビを眺めている。いや、眺めているふりをしていると言ったほうが正しい。知らんぷりは、いつもの手段だった。
春菜は、弟をしつこく責め立ててやろうかと思ったが、あきらめた。どうせ、もうすぐ彼は学校へ行くのだ。足元に置かれた、あのエナメルの鞄を素早く肩にかけて、さっそうと逃げおおせるつもりだろう。
そんなことを考えていると、身支度を済ませた母が席についた。春菜も席につき、家族三人で朝食を食べ始める。向かいに座る弟は、とてつもない速さでトーストやサラダ、目玉焼きを口に押し込んでいく。
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