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春菜は、壁に掛けられた古い振り子時計を確認した。文字盤は、十時十五分を指している。時刻が正確なら、この家に来てからまだ一時間少ししか経っていない。今日は正午で上がる予定だから、あと二時間弱はここにいることになる。その時間をどう過ごすことになるのか、不安が頭をもたげる。
「もうできた?」
英樹が間近に寄って、スケッチブックを覗き込んだ。荒い鼻息が手にかかる。春菜は、彼の顔を遠ざけるために、素早くスケッチブックを手渡した。
「うわあ、お姉ちゃん絵が上手なんだね!」
英樹は、低い声で子供のようなセリフを吐いた。その違和感に、春菜の肌はまた粟立った。
「次はトリケラトプス描いてよ」
「はあ」
春菜は、再びスケッチブックを膝の上に乗せた。それを覗き込むように、英樹がまた顔を近づけてくる。スースーという鼻息の音がうっとうしい。
「あの、描けたら言いますので」
「見てちゃだめ?」
甘えたような声に、こんどは苛立ちを覚えた。
「見られてると、上手く描けないので」
男は寂しそうな顔をして座卓のほうへ引き返した。
春菜は、英樹がページをめくった図鑑に目を落とした。さっきとは、まったく違った姿形をした恐竜が描かれている。サバンナにいるサイに、大きな角を二本付け足して、太い尻尾を生やしたような姿形だ。首元に、フリルのようなものが付いているのが奇妙だった。
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