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説明書きを読むと、どうやら草食恐竜らしいが、首元のフリルがどういった役割を持つのかは説明されていなかった。
さっそく描き始めると、自分が平常心を取り戻しつつあることに春菜は気づいた。目と鼻の先にいる不快な男は気になるが、作業に集中しているあいだは、無心に近い状態になれるのだから不思議だ。
とはいえ描き終えると、また落ち着かない気分になった。いつまた声を掛けられるのか、わからない。スケッチブックに視線を落としていても、離れた場所から注がれる視線を感じる。
声をかけられる隙を与えないよう、春菜は描き続けることにした。すでに恐竜は描けているので、陰影や周囲の風景までも想像で付け足す。
ただ、それも長くは持たなかった。草木を描いていたら、英樹が遠慮がちに近づいてきた。春菜は観念して、無言でスケッチブックを手渡した。
「うわー、やっぱり上手だね。生きているみたいだよ」
先ほどよりも大げさな、感嘆の声が響いた。そして、すぐに図鑑のページがめくられた。
「じゃあ、次はこれ描いてよ」
春菜は「はい」と小さく返事をして、背中にヒレのようなものが生えた恐竜を描き始めた。今度はできるだけゆっくりと丁寧に描いたが、思うほどに時間は稼げなかった。
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