恐竜あらわる(3)

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背景の草木を描いていると、視界の片隅で英樹が動いた。のっそりとこちらに近づいてきて、スケッチブックを覗き込む。筆の勢いが弱まったことで、ほぼ描き終わっていることに気づいたのかもしれない。このあたりの洞察力は大人のものなのか、なかなか目ざとい。 春菜がスケッチブックを差し出すと、英樹はまた別の恐竜を描くように要求した。 六種類目の恐竜を描いていたとき、部屋の戸をノックする音が響いた。「失礼します」と言って入ってきたのは、家政婦だ。 「お疲れ様でした。本日は、ありがとうございました」 壁掛け時計に目をやると、針は正午を指している。春菜は小さく息を吐いた。やっと解放される。 ふと横に目をやると、白髪交じりの男が泣きそうな顔でこちらを見つめていた。 「もう帰っちゃうの? ブラキオサウルスも描いてほしかったのに」 微笑みを浮かべ家政婦が、英樹を(さと)した。 「今日はお昼までの約束なんです。来週からは、夕方までいらっしゃるということですから」 「やった! また恐竜の絵を描いてね、お姉ちゃん。僕の好きな恐竜、まだまだいっぱいあるんだ」 「はあ」と、春菜は気の抜けた返事をした。
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