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横に座る母はゆっくりと食べているように見えるが、実際は春菜よりもだいぶん早食いだ。弟との対比で、食べるのが遅く見えるだけである。
春菜が半分も食べ終えないうちに、弟は立ち上がった。想像どおり素早い動きで、逃げるように玄関へと向かう。母が「いってらっしゃい」と言った頃には、すでに玄関の扉は閉じられていた。
「あんた、今日は晩ごはん作れるの?」
母の質問に、春菜はトーストをかじりながら答えた。
「いけるよ。今日は初日だから、午前中だけの勤務なんだ」
「じゃあお願いね。それにしても、あんたが新しいバイトを始めてくれて安心だわ。二十歳にもなっていつまでフラフラしてるのか心配してたんだから。働いてお金入れてくれたら、生活もちょっとは楽になるしね」
春菜は、ただ静かにうなずいた。こっちだって好きで無職でいたわけではないのだ。まさか高卒で就職した会社が二年も経たずに潰れるとは、誰が予想できただろう。頭の中で反論していると、いつのまにか母は仕事へと出かけていた。
一人座ったまま、春菜は周りを見渡した。それにしても狭い部屋。今いるダイニングキッチンのほかに、狭い和室が二つだけ。古い市営住宅なので全体的に傷みも激しい。
ちらりと時計を見て驚いた。もうこんな時間か。数か月の失業生活のうちに、ぼんやりと過ごす癖がついてしまっているらしい。初日の勤務くらい、余裕を持っていきたいものだ。
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