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もしかすると、背の高い塀が邪魔をして建物が見えないだけなのかもしれない。春菜は後ろに下がり、背伸びをした。折りたたみ傘を頭上に持ち上げ、視界を確保する。すると塀の上から色あせた屋根瓦が頭をのぞかせた。
それにしても残念だ、と春菜は思った。思い描いていた豪邸にはほど遠いかもしれない。きっと古い日本家屋だろう。
気を取り直して塀に沿って進むと、庇のついた門を見つけた。古い格子戸の横には、『西岡』の表札がある。やはり、ここでまちがいなさそうだ。
一息吐いてから、春菜は呼び鈴を鳴らした。すぐに、女性の声で応答があった。
「はい」
「フジワラ・シッター・サービスから派遣された、東川春菜です」
「少々、お待ち下さい」
インターホンから聞こえた穏やかな声色に、春菜は安堵した。初めて経験するベビーシッターの仕事を本当にやり通せるのか不安ではあるが、保護者の人柄が良ければ、助かる面も多いだろう。
「お待たせしました。どうぞ、中へ」
格子戸が開き、柔らかな笑みを浮かべた女性が顔を出した。小柄で色白、年齢は四十代半ばだろうか。白いシャツとジーンズの上に、桃色のエプロンを掛けている。
「お世話になります。東川春菜と申します」
「こちらこそお世話になります。私、山崎と申します。奥様がお待ちですので、どうぞ中へ」
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