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ソファに腰掛けていた女性に、声を掛けられた。この人が奥様と呼ばれる女性なのだろう。
「本日からお世話になります、東川春菜です。よろしくお願いします」
「西岡美代子です。今日からよろしく。さあ掛けて」
促されるまま春菜は、向かい側のソファに浅く腰掛けた。正面から見た奥様は、細身の高齢女性だった。髪を真っ黒に染め、厚く塗られたファンデーションで若作りをしているが、年齢は七十代くらいに思える。
「あなたが来てくれて助かったわ。前の人は意気地がなくてすぐに辞めてしまったから」
春菜は、緊張で顔がこわばった。初対面で前任者への不満をもらすとは、油断はできなさそうだ。話題を変えるために、担当する子どもについて話すことにする。
「ええと、英樹くんでしたっけ。私がお世話させていただくのは」
「そうよ。さっそくお会いになる?」
「いえ、その前に確認させていただきたいことがありまして」
春菜は、アンケート用紙とペンを鞄から取り出した。依頼者と最初に会う際は、保育の内容や注意事項の擦り合せを行うよう、シッター派遣会社から指導されている。
「保育をするにあたって、何かご要望や注意してほしい点などはありますか」
「そうね、とくに難しいことをお願いするつもりはないんだけど」
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