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ちっぽけなからだの僕にできることは少ない。
でも一つだけ、家事の得意なエラにも苦手な事があった。お裁縫だ。
ある日、僕はいつものように姉さん達が押し付けたほつれたドレスの裾縫いを手伝いながら聞いた。
「エラ、いつもいじめられて辛くないの?逃げればいいのに。ここを飛び出して違う世界に行けばいいのに。そしたら、きみは幸せに暮らせるのに。僕ならそうする」
エラは驚いたみたいで指先に針を刺してしまった。僕は慌ててぷくりと出た赤いものをぺろぺろと舐めてあげた。そしたら彼女は僕を抱き上げて、優しくほおずりをしてくれた。
「そうね、逃げ出したいとは思わないわ。このお屋敷には亡きお父様とお母様と暮らした大切な思い出があるの。ずっと綺麗にして守りたい。だから何を言われても平気よ。それがわたしのたいせつな役割だし、したいことそのものだから。生きがいなの」
「生きがい?」
「ここで生きる楽しみと喜びのことよ。それとわたしにはこんなに優しくて可愛いお友達がいる。だからつらいことも耐えられるわ。毎日、感謝しているの。ありがとうね、トワ」
そう言ったエラは僕の鼻先にチュってキスをする。嬉しくてボウッとなったら、ねずみ仲間の澄まし屋のアンと食いしん坊の太っちょデューも尻尾で目を擦りながら起きてきて、お裁縫をするエラの両肩にちょこんと乗った。
「美しいエラ、おはよう」
「優しいエラ、おはよう」
「おはよう、可愛いアンとデュー」
エラはアンには町の市場で買って来る新鮮な卵で作った大好物のマドレーヌを、デューにはチーズ、そしてすぐにお腹を壊す僕にはすりつぶした野菜のスープを暖めてくれて、それぞれのお皿に載せてくれた。
それらはどれもエラの手作りで愛情のたっぷりこもった味だ。僕らは屋根裏の小さな部屋でまるで人間のように礼儀正しくテーブルにつき朝食をとる。傾いてガタガタと音をたてるテーブルに載ってはいるが、エラの作る料理は僕の産まれた故郷の味よりもずっと美味しかった。
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