恐竜に乗れた日

10/66
前へ
/66ページ
次へ
 家に帰ると、洗濯物は当たり前に取り込まれていなくて、食器もシンクの中に溜まっていた。お父さんはリビングのソファで眠っていて、仁志は靴下を廊下に脱ぎ散らかしたまま自分の部屋でゲームをしていた。  明後日提出の現社のレポートもやらなければいけないし、家庭科の課題も残っているのに、家はぐちゃぐちゃ。もう泣きたい気分だった。 苛立ちが抑えられなくて、鼾をかいて眠るお父さんに大声で話しかけた。  「お父さん!!今日病院行ってくれたの⁉︎」  私の質問にお父さんは「ん〜」と唸るだけだった。  「もー!風邪ひいても絶対面倒見ないからぁ!」  近くで声を上げると「うるさいなっ!稼いできてるんだ!疲れてるんだからちょっと寝せてくれ!」て怒鳴られた。  でもその数分後には、また鼾をかいていた。  やっぱり何を言っても無駄だと諦めた私は、しぶしぶ洗濯物を取り込んだ。  イラだって血の昇った頭に、夜の匂いと心地よい風が通り過ぎていった。  涼しい。  遠くの家を見つめぼんやりしていると、しなきゃいけないことがたくさん頭に過った。  明日ゴミの日だ、まとめとかなきゃ。とか。  ゴミを出すことって結構面倒だったんだな。お母さんはこんなに大変なことを毎日文句も言わずやってくれていたんだ。  十六年この家に住んでいるのに、お母さんが入院するまで、ゴミの日がいつかとか、出し方一つ知らなかった。  お母さんが退院したら、自分から率先して家のことをしよう。  洗濯かごを抱えながら下を覗くと、猫が二匹、家の前のゴミステーションを漁っていた。それを見た向かいのおばさんが可哀想にと言ってちくわを渡していた。  22時を回って、一通り家事を終え、お父さんが買ってきた脂っこいお惣菜を突っついている最中、森君からLINEがきた。  〝色々あると思うけど、元気だせよー〟  話聞いてくれなかったくせに。って思ったけど、気遣いのLINEをくれただけでも、今の私にとっては救いだった。  〝ありがとう、嬉しい〟と送ったら  〝今度またイチャイチャしような〟と返ってきて心臓がビクンとなった。  イチャイチャっていう文字を見て、息の荒い森君を思い出した。その森君は、私の頭の中から消えてしまったらいいと思うくらい嫌で、恥ずかしくもあった。なんだか、見ないふりをした昔の記憶が呼び起こされるような気分になるのだ。薄暗い夜中、喉が乾いたからお茶を飲みに行こうと忍び足で廊下を歩く。いつもと違う空気に自分は入っては行けないと思うのだけど、喉の渇きに耐えられずに閉まり切ったリビングの扉を開けてしまう。その際、薄闇の中でソファーに腰掛けたお母さんとお父さんがキスをしている所を偶然見てしまい、どちらかと目が合った時のどうしようもない気持ち。いつもかっこいい森君が息を荒くしている所を見るのは、その時と同じような嫌さがあった。  私がおかしいのかもしれないとも思う。高校生にもなるのに、私が子供すぎるのがいけないのかもしれない。  けれど、私のイチャイチャとは、公園のベンチとかで手を繋ぎなら話をしたり、目が合った瞬間にどちらともなくキスをしたり、そういった事ができれば大満足なのだ。そりゃ、森君が思っていることも考えてないわけじゃないけれど、それはクリスマスとか誕生日とか特別な日にしたい。  少女漫画を読む度に、溜め息が漏れる。森君も、悩みを話すといつでも聞いてくれ、優しく抱きしめてくれる彼氏だったらいいのにって。  高校に入学してすぐにかっこいい彼氏ができて、そんな望みは贅沢すぎるのかな。  ずっと既読していないふりをした私は、お風呂に入って、髪を乾かした後に結局〝うん、いいよ〟とハートマークを付けてイチャイチャの返事送ってしまった。  
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加