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「河井さん、今週の土曜病院来る?」
話しかけられた時の距離がものすごく近かったから、思わず後ろへ身体を引いてしまう。ゴミげんは大きいから、近いと圧迫感が半端ない。ゴミげん君、パーソナルスペースって知ってますか。
「え?うん。多分行くけど。なんで?」
少しずつ彼との距離を離しつつゴミげんを見た。
隣には眼鏡君がいて、彼は私と視線を合わせたりしないけど、さっきと変わらず後ろで手を組み口角を上げてとても感じのいい表情で私達の会話が終わるのを待っている。
「土曜日の午後、中2階のロビーで小さなコンサートと劇があるんよ。じゃけん、お母さんと来てみ。俺もオトンと行くんよ」
「……そうなんだ。わかった。土曜日は私がお母さんの病院に行くかわからないけれど、行けたら行ってみる」
私が病院に行くことは確実なのに、正直なところコンサートへは行きたくなくて小さな嘘をついた。こういう些細な嘘を、私はよくついている。
「おうよ。行けたら来てみて」
「うん」
「じゃあのー」
ゴミげんは手を上げた後、跳ねるように身体を反転させながらものすごく嬉しそうに去って行った。
「おい。おまえさん、待ちなさい」と、それに同調するように眼鏡君が彼の後へ付いて行く。
私が教室で一時的にぼっちになったから、時間を潰すためにここの掲示物を見ているなんて、この二人は思いもしないのだろうな。
オーバーリアクションを続けながら歩くゴミげんと、紙のようにペラペラなのにピンと背筋を伸ばして歩いている眼鏡君を見ながら思った。
いや、この人達なら、私がぼっちで困っているってわかったとしても、後ろ向きな感情で見たりしないのだろう。
きっと、何とも思わないか、普通に話しかけてくれる。そんな匂いがする。
近くで見たゴミげんの笑った顔は皺がたくさんあった。笑い皺のある人は性格がいいって誰かから聞いた気がする。ゴミげんはうるさいけど、きっといい人なんだろう。
教室に帰って、スマホで「じゃあの」の意味を調べた。
広島弁で「またね」ってことらしい。
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