恐竜に乗れた日

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 四日前にゴミげんの家に来た時、私は気になって恐竜の部屋に入ってしまった。ゴミげんと馬場さんは近くのコンビにへ行っていて、一人で留守番していたのだ。  夕日の光を受けて部屋は優しいオレンジ色に染まっていた。  恐竜全体にも暖かな輝きが降り注いで、背中は特に光っていた。  そっと、それに手を当て感触を確かめてみる。  「硬!」  思ったよりも硬くて頑丈に作られているので乗れそうだなと思った。  「気になりよん?それ」  背後から声をかけられてビクリとした。  ゴミげんだった。馬場さんは一件用事を思い出して、それを片付けてから来るみたいだった。  「うん、ちょっと。……勝手に部屋入って、その。ごめんなさい」  「ええよそんなの」  ゴミげんはそう言って買ってきた物を冷蔵庫に入れると、すぐにこちらへ戻ってきた。  「これね、俺が小学校の時、……」  「え?」  「恐竜に乗りたいって言ったから……オトンが作ってくれたんよ」  いつも癪にさわるくらい大きなゴミげんの声が、聞こえにくい。うつむく彼の顔が、どことなく恥ずかしそうに見えた。  「え!これ乗れるの?すご!」  今度は私がゴミげんのような声を出した。純粋にすごいなって思ったから。一般人がこんなの作れるなんて。  「オトンが毎日本やネット見て調べながら、二か月くらいかけて作ってた」  「ヒャァァ。マジか。おじさんいいお父さん!うちなんてさお父さんと遊んでもらった記憶もないやぁ」  自虐的に言って笑ってゴミげんのほうを向くと、彼はなんて言葉を切り出そうか迷っているような感じだった。そういう心の気遣いができるところ、森君よりもいいと思う。  「あー、もうちょっと昔だったら、この恐竜、乗ってみたかった」  「じゃあー、乗ってみる?」  「え?うそ⁉︎今?」  ゴミげんはニタっと笑って頷く。  「大丈夫。強度高いから大人でも乗れるよ」  「え、あーでも……」  「オトンが乗っても壊れんかってんから。今よりも痩せとるときじゃけど」     恐竜のオレンジ色の目を見つめ、怖いし高いなぁ。と考えていたら。ゴミげんが窓の桟に足をかけて先にひょいと飛び乗った。  一瞬、ぐらっとしたから壊れないか心配になったけど、問題なかったようだ。  ゴミげんと恐竜は似合っていた。  大きく口を開けた恐竜の上に笑って跨がるゴミげんは、どこへでも駆け出して行きそうな、幼い少年のように見えた。  「ほら」  私も乗りなと、ゴミげんが手を出す。手を取って引っ張ってもらい、なんとか背中に乗ることができた。  「落ちそうで怖い」  「大丈夫、ここから落ちても死なんから」  「えぇ⁉︎そういう問題⁉︎」  「あははは!」  ゴミげんのことは単なる友達かそれ以下に過ぎないけれどさすがに男子が真後ろにいると思うと緊張した。  それにしてもなんて滑稽な時間なんだろう。高一にもなって癖の強い男子の部屋で、その男子の親が作った恐竜に乗っているこのタブーを犯した感。  でも不思議だ。  どうしようもなく変で、ありえないこの状況をまったく嫌だとは思わない。  むしろなんというか、時間を決めずにゆるりと過ごしているような感覚。行く場所も決めず、計画も立てず、ただ街をウロウロしているような、そんな気持ち。    「見て、夕陽がすごい」  「ほんとだ」  後ろでゴミげんが声をかける。顔を上げて、窓を見ると水色と赤の夕焼け空が広がっていた。家と家の間には日が落ち、包み込むような温かい光を放っている。こんな空は何度も見たことがある。何度見てもいいなって思う。  いいなって思うのと同時にいつも、私の中のしんどさも飛び出してきて騒ぎ出す。  生きるのって大変だとか。明日からも頑張ろうとか。そういうありきたりなやつ。  「そろそろ降りようっと」  ゴミげんが先に降りていき。トンと、地に両足を付く。その際、まだ恐竜にしがみついている私を見た。  何か面白かったのか、イタズラっ子みたいに少し笑ってから私に両手を差し出した。  「え!姫扱い?降ろしてくれるの?」  「……え⁉︎いや。あ。ま、ええよ」  どうやら私は勘違いしたらしい。ゴミげんの反応から本気で降ろしてくれる気はなかったみたいだ。大きな手で顔を覆い、あちゃーマジかー。と言った後、胸に手を当て口を窄め息を吐いている。  「あ、大丈夫だよ?普通に降りれるから」  「大丈夫、いけるよ」  いや、いけなくていいよ。しょうがないからしてやるって感じでめちゃくちゃ呼吸整えて、なんか私がすごく持ち上げて欲しいみたいじゃない?  「ゴミげん!ほんとにいいからっ!てーっ。ふわぁっ!」  おらさっ!という変な掛け声とともに両脇を掴まれて、古着屋さんみたいな匂いが強くなって、一瞬宙に浮いたと思ったらもう地上だった。  ゴミげんは目を合わせてくれず、そのままリビングへ行ってしまった。  その後、お互いほとんど喋らずに勉強をしていたら馬場さんが来た。
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