恐竜に乗れた日

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 森君も私と同じお茶を飲みながら部活や友達の話をした。今日、チーム内で試合をしたらしく、バスケ部のエースの先輩のボールを奪うことができたことと、同級生の中で誰よりもシュートをたくさん入れたことを満足そうに話してくれた。あと、時々、バスケ歴の浅い中本君っていう子のグチを言っていた。中本君は高校になってからバスケを始めたらしいけれど、三ヶ月経った今もあまり上達しないから森君達は困っていると。  「一生懸命なんだけどさ。ここって時にシュート外すし、ドリブルもパスの出し方も下手なんだよなぁ」  「えー。チームプレイなのにそれは困るねー」  「だろっ?」  本当は少し、上手なんだったら教えてあげればいいのに。って思ったけど、嫌われたくないから言わなかった。結局私は何も意見出来ず、森君の話に笑って相槌を打っていた。森君との関係が、上司や先輩でなく彼の彼女というポジションでよかったと思った。 もし彼女でなく彼のバイト仲間とかだったとしたら、出来が悪いと冷たい態度を取られそうって一瞬怖くなったから。    「森君、実は、私も最近悩んでてさ」  森君の話が終わったから、次は私の家の事を聞いてもらおうとした。  「……そうなの?」  「うん、家のことなんだけどね。今大変でさぁ」  「ほう」  「お母さんが入院したことは前に話したと思うんだけど」  「うん」  「お父さんと弟が全然家のことしてくれなくてさ、私がほとんどしなきゃならなくて。疲れてる」  「そっかぁ…。じゃーあ、そんな希菜子を俺が癒してあげよう」  「……え?」  森君が、ニンマリと笑ってすごく身体を近付けて「よしよしよし」と私の頭を撫でてきた。  頭を撫でてもらうのは嬉しいけど、なんだか今じゃないし。撫で方も、私の求めているものと随分違う。あと、まだ話終わってないんだけどな。って顔が引き攣ってしまいそうになる。    エスカレートする手付きに、私の身体は固まっていく。撫でてるっていうよりも、触られてる感覚に近い。  学校の帰り道、別れ際にポンポンと、優しく撫でてくれた時と、全然違う。  森君は、そのまま私を抱き寄せ、次は肩や腕を執拗に触ってきた。    少し怖くなった私は「ちょっとトイレ」と言って、森君から離れた。  部屋に戻ると、森君はまた私の側に来て、体を密着させてきた。  そして、息を荒くしながら「大人のチューしていい?」と訊いてきた。  大人のチューとはディープキスのことだ。と、さすがの私も理解できていた。  二週間前に初めてキスをした。  その日から今まで、森君とは三回キスをしたけど、舌を入れたことは一度もなかった。    なんだか森君じゃないみたいに、目がギラギラしていて嫌だけど、振られたくないし、断れなくて「いいよ」と言ってしまった。  森君の舌が入ってきた。生暖かい生き物が口の中で暴れているみたいな感じと、森君の鼻息が顔にかかっているこの状況に耐えながら、体を硬直させてひたすら終わるのを待った。  やっとキスが終わったと思って安心していたら、次は赤みの帯びた力強い目で私を見て抱きしめては、胸の近くを撫でてきた。これはいけない。と、思い「森君…ちょっと」と言って体を離す。すると「え」と、怒ったような声とともに、すごく残念そうな顔をされた。      耐えるしかない?と思いながら続けられる怖い感じの手つきにぎゅっと目を閉じて口を引き結んでいた。その時、ガチャガチャと玄関の鍵が開く音の後に「ただいまー!」と、大きな声がした。助かった!って思った。お母さんっぽいその人の声を聞いた森君は、バネみたいに体を上下させ、まるで憑き物が取れたかのように素早く私から離れた。  その後はずっとなんでもないような話をしていた。なんとか私から話を振るけれど、会話中の森君はどこか上の空で、ポカンとしていて退屈そうだった。お母さんが帰ってから三十分もしないうちに、森君は「そろそろ帰る?」と私に訊ねた。  結局、私の話は聞いてもらえないままだった。  
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