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「ぜ、全然課題進まなかった……」
図書館を出るとすっかり日が暮れて、宵闇が辺りを包んでいる。ずっとパソコンに向かって凝り固まった身体の筋をぐっと背伸びしながらほぐす。
時刻を確認すると十九時を過ぎたところで、恐らく詩月さんが構想社の打ち上げに顔を出している頃だと推測できた。鞍馬に半ば無理やり連行されたであろう姿が容易に浮かんで、少しだけふと笑う。
キャンパスから高田馬場駅までは徒歩二十分とそこそこ離れているので、渋谷までの電車での移動時間やお店までの移動を考えると、約束の二十時ギリギリかもしれない。
《今大学出ました。お店に現地集合で大丈夫ですか?》
その途中で詩月さんにLINEを送り、慣れた道を進んでいく。冬が少しずつ近づいている気配は、夜にこそ潜んでいる気がする。冷んやりとした風を肌で感じながら、衣替えのタイミングにまた悩む時期がやって来たと実感した瞬間だった。
「――あれ、ハナちゃんじゃん!!」
歩道いっぱいに広がって歩く騒がしい集団をなんとか抜かした時、そのうちの一人が私の名前を確かに呼んだ。驚いて振り返ると、こちらに手を振る男性が居る。
「ハナちゃん、一人? つかLINE返事してよ〜!!」
「あ……すみません」
近づいてきた瞬間、普段自分の周辺では香ることのない甘ったるさのあるムスク系の香水の香りが漂った。街灯に照らされる明るい髪色を目にして、あの飲み会で話をして、最後は両澤さんに手を捻り上げられていた先輩だと分かる。
「俺ら今からサークルの飲みなんだけど、ハナちゃんおいでよ」
「おいヨージ、この子誰?」
「学部の後輩」
「え、めっちゃ大人っぽくね? しかも清楚、なんか穢れと無縁な感じあるわ」
「たまにはこういうタイプも良いな」
彼の後ろに居るサークルメンバー達が、物珍しそうに私を観察しては感想を次々述べる。自然と後退りしながら「いや、私は、」と首を横に振った。
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