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「由芽チャン、いつもの威勢の良さはどこにいっちゃったんですか?」
「……うるさい」
続け様にえらく棒読みで揶揄うような尋ね方をされ、手の甲で目元をぐいと拭い取りつつ返事をする。
「俺、急いでんだわ。此処でグズグズしてるなら置いて帰るけど」
「どーすんの」とまた急かすように尋ねた男が、小首を傾げて綺麗な笑顔を浮かべている。全てが挑発的で悔しいけれど、この男が目の前に現れてからちゃんと声が出るようになったことの方が悔しい。身体が安心感を得た証拠みたいだった。
「……一緒に、帰る」
「あそ」
短く伝えると鞍馬も同じように短く答える。そうして「早く」と手の中の鍵を少し揺らしながら目線で訴えられて男の方へ足を伸ばそうとした。
けれど、同じタイミングで隣に居る先輩が、拘束している私の腕を即座に引っ張ったことで、進むことは叶わない。
「ちょいちょいハナちゃん、まだ話し途中じゃん。どこ行くの」
「すみません、ほんとに、離してください」
「なに。あれ彼氏?」
「……違います」
「じゃあ誰、ハナちゃんの何?」
誰って。そんなこと問われてもどう応えるのが正解か分からない。この態度の悪い男は、詩月さんの担当編集者で。――私の、なんなんだろう。
「なあ」
さっきまで一定の距離で傍観者だったくせに、いつの間に傍まで来ていたのか。咄嗟に何も言えなかった私の頭を背後からがっと掴んで自分の方に強く引き寄せた男は、そのままあっさり先輩の腕を振りほどいた。
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