episode05. 「        」

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「どういう意味……」 「真直は、うちの店で働いてた。住み込みでな。俺は随分と長い時間を真直と過ごしてきた」  知らなかった父の過去のピースをまた一つ、手に入れた。練吾さんとそれほど強い結び付きがあったのだと思い知らされる中で、勿論疑問は湧く。 「……お、お母さんは? どういう繋がりで」  尋ねた私をじっと観察した練吾さんは、徐に視線を移動させた。そして一人の編集者を捕らえる。 「鞍馬君。詩月は、鞍馬君にその辺りも話してるのか」 「はい。聞ける範囲で、お聞きしたかと思いいます」  直ぐそばで暫く一言も発さなかった鞍馬は、随分と固い表情だった。男の返答を横に一文字に唇を結んだまま聞いていた練吾さんは、暫し考え込んだ後、何かを確信して自分で頷いた。 「詩月が、『話したい』と心から思えた編集者である君が伝えるべきだ。俺みたいに、"知らせる義務"を勝手にアイツが自分で課したから、事実を知っているだけの俺よりも。詩月自身の言葉を誰よりも大切に出来る鞍馬君が、由芽に話してくれないか」  分厚く低い声が静かな空間に木霊する。「すげえプレッシャーかけましたね」と苦笑いを溢した男は目を眇めた。そして私の方を向く。 「何話してもそれ以上泣くなよ、ブスになるから」 「泣かないし、そもそも、泣いてないし。目おかしいんじゃないの」 「堂々と嘘吐くの、もはや逆に尊敬するわ。おかしいのはお前だわ馬鹿」  こんな局面でも、いつもの言い合いを吹っかけてくる男はなんなんだろう。乗ってしまった私は、「良いから早く話してよ」と、勢いが勝って思わず言った。  いつもなら、そういう時は私の生意気にまた応戦して「クソガキ」だの「ツンデレ頑固女」だの小言を絶対に言うくせに。 「由芽」 「何よ」 「逃げないで向き合おうとして、偉いじゃん」  そんな珍しい優しい顔して労ったり、笑いかけないでよ。 『――ここから先も、何を知っても前だけ見とけ』  さっき言われた言葉も相まって、涙腺がまた緩む気配がする。でも絶対にこれ以上泣けない。必死に堪えながら鞍馬を睨むと、男はそれにも少しだけ笑って、彼女のことを話し始めた。  
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