episode05. 「        」

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 ――今年、大学二年生となった私の生活は、特にこれと言って語るべきものは何も無い。平凡でぱっとしない生活を送っている。 「うわ!つか待って、そろそろ文学史論のテスト範囲出た?」 「あー、行ってないから知らん」  入学時のオリエンテーションで声をかけられた同じ文学部のクラスメイト達と行動を共にすることが多いが、彼女達はとにかく授業に参加しない。二年生になって必修が減ってから、それは顕著になった。バイトや飲み会、クラブやサークルなど、授業の他に精を出すべきものが沢山あるらしい。 「この間レジュメで配られたよ、また見せるね」 「詩月〜〜まじでこういう時頼りになる〜」  私はと言うと、出来る限り授業には参加している。彼女達にノートを見せたり、もう直ぐやってくる夏休み前のテストの情報共有として役に立つ程度に顔を出すという、姑息な動機なので「真面目な学生」だとは全く胸を張れないけれど。 「今回のメンツ、当たりかな〜」 「この間サイアクだったもんな。あの理学部のメガネの奴やばくなかった?」  背後で行われるメンズ品評会がぼんやりと聞こえてくる。昨夜の寝不足により噛み殺せない欠伸をこっそりと漏らした時だった。 「……あ!!!! 見て、あれ"王子"じゃん?!」  友人の一人の大きな声に思わずびくっと身体が揺れる。 「うわ! 本当だ、相変わらずスタイルやば」 「まじで一人だけレベル違うんだけど。格好良過ぎる」  先程まで辛口すぎる批評をしていたとは思えない、ベタ褒めのみんなの感想を聞きながら、車道を挟んだ反対側の歩道へと視線を投げる。そして瞳は嫌でもたった一人を捕える。  道行く人の中でもやたらと目立ってしまうのは、身長の高さだけでは無い気がする。  ――"羽奈 真直"という人物は、うちの大学ではすっかり有名人だ。私と同い年で、同じ文学部。彫りの深い二重のアーモンドアイは、笑うと優しく甘く目尻が下がる。眉間から真っ直ぐ伸びた鼻梁、形の良い唇。美しさを十全に備えた造形美に、親しみの持てる柔らかな印象と人当たりの良さを兼ね備えた彼は、「王子」と評されている。  あれよあれよとその名前がちゃんと広まっていく様子に「漫画か?」と冷静に突っ込んでしまったのも、もう1年前の話だ。
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