episode05. 「        」

18/85
1216人が本棚に入れています
本棚に追加
/349ページ
 まあ、ただしこんな大きな大学では同じ学部と言えど顔見知りにならない人も山程居る。同じ文学部内でもクラスが分かれていて、私と彼は別クラスだ。勿論、話をしたことも無ければ、恐らくだけど彼の視界に入ったことも無いだろう。 「しっかしなんで、王子は文芸サークルなんてパッとしないの未だに入ってんだろなあ〜〜勿体無い」 「王子が入るならって最初は新入生殺到してたらしいけどね、今や誰からの興味も失って空気みたいなサークルじゃない? 活動してんの?」 「王子も提出物だけ出してあんまり顔出してないみたいだしね。いやほんと、陰キャラってところが王子は惜しいわ」  勝手に批評を並べ立てて、勝手に人を減点する。彼女達にとって、人を判断するものさしは全て自分達がどうとでも調整出来るところにある。  入学当初から注目の的となった彼の動向を誰もが気にしていた。どんなサークルに入るのか、授業は何を選択するのか、第二外国語はどうするのか、など。浮き足だって群がる周囲に、羽奈真直は全く臆することなく。そして、自分のペースを崩すことも全く無かった。   『あ、勧誘とかは意味ないですよ。サークルはもう最初から決めています』  にっこりと完璧な笑顔と共に言い放った彼が選択したのが、学内の文芸サークルだった。正直、新歓期間に目立ったアクションがあったわけではないし、部員も雰囲気も地味。 『よりにもよって?』 『なんだ、王子、そっち系ねえ』  落胆したような反応を見せては離れていく周囲の身勝手さ全てに、彼はきっと気付いていたと思う。だけどいつも顔を上げて、今だって、車道を挟んだ反対側の歩道を前を見つめ、真っ直ぐに歩いていく。 「ま、王子は鑑賞用ってことで」 「だね」  納得して、また今日出会う経営学部のメンズの話へとシフトチェンジした彼女達に苦笑いをしながら、私も道案内をすべく足を前に出す。 「、」  最後にもう一度だけ、あの美しい姿を盗み見ようとして――こちらへ顔を向けて立ち止まっている彼を視界に捕らえて、驚きに肩を揺らす。
/349ページ

最初のコメントを投稿しよう!