episode05. 「        」

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呆気に取られていた。それは私だけではなくて、隣の横田君もだし、周囲の皆んなも同じだった。誰もがぽかんと間抜け面を晒す中、微笑みを崩さないのはたった一人。 「行くよ」 「え……っ!?」  ちゃんとした反応をする時間は全く与えてくれなかった。そう端的に述べた羽奈真直は変わらず、穏やかかつ、隙の無い完璧な笑顔を向けている。  腕を取られ、集団とは真反対の方向へ身体を引っ張られた。彼の大きな手にはしっかりと力が込められているのに、それは全く強引とは違っていて怖さは無い。だけど、どうしてか「絶対に離れない」という不思議な確信があった。 「え、なに。なんで王子が居んの?」 「ちょっと、詩月……!?」  困惑の声が後ろから聞こえている。それなのに、月明かりに照らされた目の前の彼はチカチカと瞳の中で輝いてどうにも視線を他に向けられなかった。 「……あ、あの」  背中に漸く声をかけられたのは、集団から随分と離れられた後だった。足を止めた彼は、ゆっくりこちらを振り返る。 「流石に追って来ないか」  私の後ろを見て冷静に言う彼に、やはり間抜けな顔しか向けられない。こんな至近距離でこの人を見たことは今まで一度も無い。きめ細かい陶器のような肌も、アーモンドアイを囲う長い睫毛も、周囲から王子と崇め奉られる所以なのだとこんな時に実感してしまった。  盗み見ようとしても、結局身長差のせいで顔を上げるしか無い。ばっちり真正面から視線が交わって、その美しさに怖気付きそうになる。 どうして私を連れだしたりしたのだろう。同じ大学だということは知られていない? 困っていると思って助けてくれたのかもしれない。  様々な考えを巡らせて、一言目に発する言葉を必死に探しているとふと空気が揺れる。彼が美しい瞳を細めて微笑んだからだと分かって、尚更よく分からずに首を傾げた。 「ごめん、割と顔に思ってることが出るタイプなんだなと思って」 「そ、うでしょうか」 「なんで敬語?」 「え……?」 「同い年なのに」  どこか不満げに伝えられて、瞬きを繰り返す。「知ってるの?」ととても率直に不思議に思ったことが口から零れると、彼は整った顔をもっと顰めた。
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