episode05. 「        」

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「……もしそうだったとして、貴方には、関係が無いですよね」  大学で付き合う彼女達と自分が、本当は合っていないことは自分が一番分かっている。無理をして、彼女達と同じように髪を明るい色に染めてみたり、乗り切れない飲み会でお金を使うことも、いつまで経っても慣れない。だけど、私には他に居場所が無い。 『詩月。お前はもう、この家には要らない』  必要としてもらえる場所があるだけで、私は恵まれている。 「私は、幸せです」  ――“昔”を想えば、その何百倍も。  心で確かめながら、俯いたまま声を絞り出した。この場を立ち去りたいのに、連れ出す時に彼が掴んだ腕はそのまま、全く離してくれる気配が無い。 「……俺ね、学内の文芸サークルに入ってるんだけど」 「知ってます」という言葉をまた引っ込める。急な話題転換に着いていけず「はあ」と間抜けな声を漏らした。 「小説を書いていて、例えば俺が主人公に『幸せです』って心から言わせる時。苦しさを押し殺すような、今の國山さんみたいな表情じゃなくて。どうしても笑顔がこぼれ落ちるような、そんな柔らかい表情をしていて欲しい。書きながら、いつも一番良い描写を考えてる」 「……、」  何を、勝手なことを。そう言ってやりたいのに、喉が熱い。おまけに瞼も熱い。  だって、「誤魔化すな」と直接的に言われるよりも、心に真っ直ぐきた。 「國山さん」 「な、んですか?」 「うちのサークルに、おいで」  突然の勧誘に、下ばかり見つめていた視線が自ずと上がる。迎えてくれる彼は、一層穏やかな微笑みを浮かべていた。 「……何、言ってるんですか? どうして、私が」 「だって國山さんも、好きでしょ?」 「え?」 「――物語を紡ぐことが」  さっきの彼の"小説内の描写"の話は「誤魔化すな」と直接的に言われるよりも、心に真っ直ぐきた。――それは私だって、いつも、日常的に考えていることだから。
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