1216人が本棚に入れています
本棚に追加
/349ページ
「……もしそうだったとして、貴方には、関係が無いですよね」
大学で付き合う彼女達と自分が、本当は合っていないことは自分が一番分かっている。無理をして、彼女達と同じように髪を明るい色に染めてみたり、乗り切れない飲み会でお金を使うことも、いつまで経っても慣れない。だけど、私には他に居場所が無い。
『詩月。お前はもう、この家には要らない』
必要としてもらえる場所があるだけで、私は恵まれている。
「私は、幸せです」
――“昔”を想えば、その何百倍も。
心で確かめながら、俯いたまま声を絞り出した。この場を立ち去りたいのに、連れ出す時に彼が掴んだ腕はそのまま、全く離してくれる気配が無い。
「……俺ね、学内の文芸サークルに入ってるんだけど」
「知ってます」という言葉をまた引っ込める。急な話題転換に着いていけず「はあ」と間抜けな声を漏らした。
「小説を書いていて、例えば俺が主人公に『幸せです』って心から言わせる時。苦しさを押し殺すような、今の國山さんみたいな表情じゃなくて。どうしても笑顔がこぼれ落ちるような、そんな柔らかい表情をしていて欲しい。書きながら、いつも一番良い描写を考えてる」
「……、」
何を、勝手なことを。そう言ってやりたいのに、喉が熱い。おまけに瞼も熱い。
だって、「誤魔化すな」と直接的に言われるよりも、心に真っ直ぐきた。
「國山さん」
「な、んですか?」
「うちのサークルに、おいで」
突然の勧誘に、下ばかり見つめていた視線が自ずと上がる。迎えてくれる彼は、一層穏やかな微笑みを浮かべていた。
「……何、言ってるんですか? どうして、私が」
「だって國山さんも、好きでしょ?」
「え?」
「――物語を紡ぐことが」
さっきの彼の"小説内の描写"の話は「誤魔化すな」と直接的に言われるよりも、心に真っ直ぐきた。――それは私だって、いつも、日常的に考えていることだから。
最初のコメントを投稿しよう!