episode05. 「        」

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 どうして彼が、私がずっと胸に抱えていることを知っているのか良く分からない。何をどう誤魔化せば良いのか考えているうちに、彼がまた先に言葉を発する。 「國山さん。俺は、小説家を目指してる」  どんな時も、目を逸らさずに真っ直ぐ相手を見る人だと言うことは、もう嫌と言うほどに分かった。自分の果てしない夢を語る時も、この人は決して逃げたりしない。尊い眩さに目を逸らしたい筈なのに、どうしてだか、見逃してしまうことも惜しい。結局、ずっと目の前の彼の美しい瞳の輝きに魅せられてしまう。 「國山さんは?」 「わ、たし……?」 「國山さんは、“書くべき人”だよ」  心が震えていた。なぜ、今日初めて言葉を交わしたばかりの人が、この言葉を私にくれるのだろう。 「だから。うちのサークルにおいで。みんな自由で、楽しいよ」  全てを受け入れるような、それでいて、こちらに躊躇なく全てを差し出すような、邪気の無い笑顔を見ていると蘇る。 『しっかしなんで、王子は文芸サークルなんてパッとしないの未だに入ってんだろなあ〜〜勿体無い』 『今や誰からの興味も失って空気みたいなサークルじゃない? 活動してんの?』  嫌になるくらいそれらの“彼女達の勝手な批評”を鮮明に覚えていたのは、私が想像したからだ。――「本当」を晒したら、多分、私は此処に居られなくなる。 「そんな暗いサークル、入りません。興味も、無いですし」  言いながら、もしかしたら言う前から、これは相手を傷つける言葉だと分かっていた。それでも止めなかったのは、私だ。放った後、暫くの沈黙が訪れ、拘束していた腕がふと解かれる。 「……そっか。分かった、急にごめん」  彼は、私の失言にも全く声色を変えなかった。どうして貴方が謝るの。もっと怒れば良いのに。「最低だ」と詰ってくれた方が、ずっと楽だなんて最低な感情が渦巻く中、今更撤回できる言葉は出てこない。もう、遅い。 「あ、勧誘は今日限りにするから。安心して」  両方の眉を下げて微笑む彼が、そう言いながら私と距離を取る。「帰り気を付けて」と落ち着いた声で言った羽奈真直の背中が、人混みに紛れて消えていく姿を見送りながら、ただ立ち尽くしていた。  優しさを平気で跳ね除けてまで、私が守りたいものは一体何だろう。彷徨う思考は、出口を見つけられない。
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