episode05. 「        」

25/85
前へ
/349ページ
次へ
 ――昔から、どんな分野でも目立つタイプとは言い難かった。自分なりに頑張ってみても勉強の成績は中の下。運動も得意では無いし、芸術面にも残念ながら秀でた才能は見当たらない。手先も不器用で、肝心の場面ではいつもドジをする。 『詩月は、一体何が得意なんだ?』  それは、父の口癖だった。威圧的で、相手を委縮させる言い方を知り尽くしているような彼からの尋問は、私の心をすり減らした。常に苛立ったような眼差しに、「ごめんなさい」を繰り返すことが幼い頃からの日課だった。  ――私の実家である國山家は、新潟県で先祖代々続く所謂「資産家」と呼ばれる一族だった。様々な事業進出を果たす國山一族の中でも、最も莫大な利益を生む不動産業を営んでいたのが、私の父だった。私の祖父から事業を受け継いだ後、経営者としての手腕を発揮した彼は会社の総資産額を大きく伸ばし、一目置かれる存在だった。いつも「見られる立場」である彼からすれば、出来損ないの私に対するフラストレーションは、溜まる一方だったのだろう。  二歳上の兄、睦月(むつき)の聡明さも、父を苛立たせる要因だったのかもしれない。文武両道で、父の期待に応える、それどころか期待以上の結果をいつも残す完璧な兄に比べて私は、何一つ上手く出来ない。周囲からも「國山家の失敗作」と言われていることは、私が一番自覚していた。 『國山さん。これ、貴女が書いたのよね?』  高校一年の秋、突然現代文の担当教師、隈井(くまい)先生から呼び出しがかかった。相変わらず成績はぱっとしないけれど、テストでどうしようもないほどの赤点を取った覚えはない。何かをやらかしたのだろうか。  不安を募らせながら職員室に入って開口一番、教師が見せてきたのは夏休みに私が確かに提出した作文だった。フリーテーマだったから、自由に自分の想いを綴った。  華やかな一族に相応しくない目立たない人生で、「國山家の失敗作」としてせめてものの償いとして息を殺す生き方を選択してきた中で、それでも感じてきたことを夢中になって書いた。
/349ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1223人が本棚に入れています
本棚に追加