1227人が本棚に入れています
本棚に追加
『國山さんの気持ちが、凄く伝わって来た。これは、きちんとご家族に見せるべきだと思う。――貴女、きっと文才があるわよ』
てっきり、何かを怒られるのかと思っていたから随分と拍子抜けしたのを覚えている。
目尻に浮かぶ涙を拭いながら微笑む彼女から、原稿を差し出される。ゆっくり受け取る自分の手は大袈裟ではなく、震えていた。
こんな風に、誰かに何かを褒められたことは無かった。
"詩月は、一体何が得意なんだ?"
父に何度も何度も問いかけられても、一度だって上手く答えられなかった。私は初めて、答えを見つけたかもしれない。
『ありがとう、ございます。今日、見せてみようかな』
『ええ、是非そうして』
言いようのない高揚感と期待が馬鹿みたいに膨らんでいた。――――それら全てが、諸共崩れてしまうことも知らずに。
『お前は、どこまで俺に恥をかかせれば気が済むんだ』
ぱしんと渇いた音が鳴り響いた時、母の短い悲鳴が重なった。だけど、母から次の言葉は特に続かない。いつもそうだ。母も兄も、この家に居る誰もが、私のように標的になることを何よりも恐れている。
息を潜めて私から目を逸らす彼らの姿に、叩かれた頬よりも心の方が何倍も痛い、なんて。こんな場面でやたらとセンチメンタルな感想が浮かぶ自分に自嘲的な笑みさえ零れそうになる。
『國山家の名前を出してまで、お前は何がしたい? 自分の未熟さを棚に上げて、同情でもされたかったのか』
夕食の後、「見て欲しいものがある」と頼んだ私に父が与えてくれた時間は、たったの五分だった。でも、それでも良い。私の文章を読んで、もしかしたら今日の先生みたいに。
『詩月。お前は、一体何だったら出来るんだ? いい加減、俺に教えてくれ』
――――「笑ってくれるかもしれない」なんて、私は浅はかな夢を見た。
最初のコメントを投稿しよう!