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『お父さん。お願いですから、どうか最後まで読んでくださ、』
『全部を読まなくても分かる。冒頭から「私は何をやってもぱっとしない」なんて、お前の怠慢でしかない。こんなくだらないもののために時間が欲しいと頼んできたのか。俺を態々失望させたかったのか?』
そうじゃない。そうじゃないの。同情を誘いたいわけでも、私のことを見捨てて欲しいわけでもない。むしろ、その逆で。
《今もなお、私に何が出来るのかはよく分からない。だけど努力を怠りたくない。自分で自分を、まだ、諦めたくない。いつか、ここまで育ててくれた両親に胸を張って伝えられる「私」を見つけたい》
私はこれからもそれを探し続けるから。――どうかまだ諦めないで欲しいと、この人に伝えたかった。
『ちょっと褒められる文章が書けたから、なんだ? それは何の役に立つ?』
『そ、れは』
『いつも言ってるだろ。“國山家に貢献できるもの”を持ってこい。ここまで紐解かないと分からないのか』
低く威圧的な声が、私を容赦なく殴った。そうか。私は馬鹿だから、分からなかったのだ。いつも父に「得意なこと」を尋ねられる度に、純粋に自分が出来ることを模索した。
「“この一家の役に立つ”得意なこと」だという前提をそこで漸く知る。絶望が全身を襲った。
『お父さん。――私はそれなら、見つけたくない、です』
発した後に、自分がいかに大変なことをしでかしたのかに気付いた。だけど、恐ろしく震える心臓や緊張でひくつく喉、汗ばんで湿った掌。自分の身体全てが「本音」だと教えてくれていて、余計に悲しかった。表情に色を失った父は、何も言わずにその場を立ち去った。
それから、父はいよいよ私に興味を失った。まるで空気のように扱われる日々の中で、私は空想の世界に縋った。自分の実体験じゃなくて、創り出した世界のことを書くなら、誰にも怒られない。
ジャンルは様々だったし、「小説の書き方のいろは」なんて何も知らなかったけれど、出来上がると、隈井先生にこっそり持って行った。私の作品を読んで、泣いたり喜んだりしてくれる表情を見るのが好きだった。
『國山さん、賞とか出してみれば良いのに。これからもきっと書いていくんでしょ?』
『……いえ。大学に入ったら、もう書かないと思います。そんな時間無いかな』
『え~~? 勿体ない!』
國山家の人間は、大体が経営や経済を学ぶ道に進む。(稀に法学の道に進む人も居るけれど)進学するとしたら、きっと私ももれなくそうなるのだろう。勉強が苦手な私は、死に物狂いで励むことになる。
そう思っていた私は――どこまでも甘い。
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