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『由芽ちゃん泣かないで』
私を抱きしめた彼女は、まるで赤子をあやすかのようにぽんぽん優しく背中をさする。再会して早々、既に号泣していることも、こんな風に宥められていることも恥ずかしい。
だけど今は、この優しくて大好きな温かさに包まれていたかった。
『それって先生の手法っすか』
『何が』
『そうやって由芽を抱きしめたら、自分が泣いてるの見られなくて済むからですよね?』
「前も見たことあるんで」と、私の背後で揶揄うように鞍馬が伝えた。
『鞍馬青、余計なことを』
反射的に離れようとしたけれど、小柄な彼女のどこにそんな力があるのか、全く腕の拘束が解かれる気配が無い。
『……し、詩月さん。顔見せてください、私ばっかり恥ずかしいです』
『こんなおばさんの泣き顔、そんな簡単に晒せるわけないでしょ』
『狡いです』
『そうだよ、大人は狡いもんなの』
『わ、私も、もう大人です……!』
『知らない、聞こえません』
ぐぐぐ、とお互いの力が拮抗する様を観察している鞍馬が「いや、何やってんの?」と冷めた声で突っ込んでいる。
確かに、先程まで温かい抱擁だった筈が一体どうしてこうなっているのか。
『――――由芽ちゃん、ごめんね』
謎の戦いの途中、耳元で突然そんな声が聞こえた。ふにゃふにゃと急に、自分から力が抜けていく。
『……し、詩月さん?』
『沢山。それはもう、数え切れないくらい。今まで本当に、ごめんなさい』
彼女のいつもより低い声が明らかに揺れている。それを聞いてるだけで、私の視界の滲み具合も悪化していく。
『――"また"会いに来てくれて、ありがとうね』
それは、あの日。練吾さんのお店の前で一度目の再会を果たした時のことも含んだお礼だった。
お母さん、今、どんな顔してるの。
ちゃんと泣き顔も見せてよ。
全部、大事なこと先に言うの、やっぱり狡い。
色んな感情が涙に代わって溢れてくる。ぎゅうと一層力を込めて私を抱きしめてくれる彼女の頬が自分の頬に自然と触れた時の冷たさは、きっと彼女の涙によるものだと分かった。
『あ、鞍馬君もね。ありがとね』
『ついでかよ』
『あれ、ジェラシー?』
『相変わらず喧しいですねあんた』
不機嫌そうに言い返す男は、徐に立ち上がりながら私の髪をくしゃりと撫でつけた。
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