episode001.

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 当然だけど私が必死に生きていたように、会わなかった時間、彼女は彼女で誰も知り合いの居ないこの土地で、頑張っていたのだ。 『もう先にね。いいやって開き直って「私、皆さんの顔が上手く分かんないんです」って言ったの。最初は驚かれたけど、「じゃあどうしようか」って一緒に考えてくれた。嬉しかった。今まで私が交流を広げればその分、迷惑をかける人達が増えるって考えしか無かったから。頼ることはいつも「悪」じゃないって、思わせてもらえたの』  そしてちゃんと、今の大切な居場所もある。 『ごめんね私ばっかりペラペラ話しちゃって。今日来てくれたのは、』 『原稿、お預かりしました』  先程までのリラックス具合はどこへやら、鞍馬は突然仕事モードになって切り出す。深くお辞儀をして「大事に、拝読しました」と重い口調で続けた男に「ホントこの人、こういうとこちゃんと真面目になるから嫌だ」と詩月さんが揶揄うように笑った。 『どうでしたか? 随分構想段階から時間もかかっちゃって不安も大きいですが、』 『最高でした。早く打ち合わせさせてください』  鞍馬の即答に、詩月さんはふにゃっと笑いつつ、ほっと胸を撫でおろした。 『そうだ、俺の名刺を先に渡しておきます』 『ん? 前に貰ったのあるよ』 『いえ、ちょっと変更もあるんで』  胸ポケットから名刺ケースを取り出して彼女に差し出すまで、あまりにも滑らかで隣でぼうっと見つめることしか出来ない。男は突然私を振り返って「お前は?」と急かす。 『え?』 『なにボケっとしてんの。此処、今商談の場だけど』 『あんた急に切り替わるのやめてよ』  そう言われて、私も自分のバッグから慌てて名刺を取り出そうとした。 『――副編集長!?』  高い声が部屋に響き渡る。丸眼鏡のレンズ越しに、大きなくりっとした瞳がぱたぱたと動いた。 『君、いつの間にそんな出世したのだね……』 『出世なんすかね。新座に一層こき使われるポジションになったとも言います』 『あー……ね? でも凄い、おめでとう鞍馬君』  繰り広げられる会話に、ぽつんと一人置いてけぼりだ。だって私。 『由芽? ほらお前も名刺』 『いつ、なってたの?』 『あ?』 『私、そんな話、全然知らない、』  まるで子供みたいな主張だ。自覚している。だけどそんな大事なこと、流石に教えて欲しい。そしたらなんか、分かんないけど。  一緒にお祝いとか、私だって、考えたのに。
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