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そうして、彼女は宣言通り私達が会いに行った二週間後に久しぶりに上京を果たした。
『……なに固まってるんですか』
『いやーー、私、やっぱりやめておこうかな』
『此処まで来て何を今更……! 練吾さんのカレー食べたくないんですか!』
『それは、食べたいに決まってるけど』
うちの出版社を後にした詩月さんは、なんと今日日帰りで広島に帰ってしまうと言う。だったらその前にと、彼女に会わせるべき人のお店までなんとか連れてきた。
地下の階段を降りれば辿り着くという段階で、足を止めてしまった彼女は、なんとも複雑そうな笑みを浮かべる。
『……由芽ちゃんは、練吾とよく会ってるの?』
『はい。今もよく仕事終わりに来たりしますよ』
『そっかあ』
私と彼の関係を聞いて嬉しそうにするのに、どうしても自分のことになると詩月さんは踏みとどまってしまう。
今まで彼と彼女が歩んできた過去を私は聞いた話でしか知らない。どれほどの悲しさや苦しみを二人が味わってきたのかも。
『練吾さんは、詩月さんにきっと会いたいと思います』
『いやいや由芽ちゃん、あの男は絶対そんなことは考えてないのよ』
『詩月さんは、会いたくないですか』
『……それは』
『私は、我儘なので。自分の大事な人達には幸せでいて欲しい。それをお互いに、ちゃんと知っていて欲しいです』
ぎゅっと拳に力を入れて伝えると、詩月さんは薄く唇を開く。僅かに大きな黒目がちの瞳が揺れた。
『――――何やってんだ』
『練吾さん……!』
彼の低く分厚い声が背中越しに届いた。振り返ると、勿論コックコート姿の彼が居る。
『……詩月』
『な、なに』
階段を上がりきった彼は、そのまま詩月さんへと近づく。緊張気味に身構える彼女に、無表情のまま鋭い眼差しを向けた。
『お前、ちょっと老けた?』
『練ちゃん、久しぶりに会って一言目それ!?』
『久しぶりなのに俺に顔を見せず帰ろうとしてたお前に言われる筋合いは無い』
『ぐ……、聞こえてたの』
縮こまって「ごめん」と呟く詩月さんに、練吾さんは溜息を漏らす。そして直ぐにまた、背中を向ける。
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