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『……練ちゃん。やっぱり“恥ずかしがり屋さん”じゃない』
『お前、小説家なんだから他の言い方考えろ』
『考えた結果、練ちゃんにはこれが一番しっくりくるの』
『あっそ』
練吾さんの端的な返答に困り顔で笑いながら指で涙を拭う詩月さんは、私を見て「ありがとう」と口パクで言った。
『焼きりんごは?』
『い、要る! 要ります!』
『じゃあ早く来い』
『というか、そろそろちゃんと作り方教えてよ』
『阿呆か。ポンコツのお前に作られるわけないだろ』
『酷……! こう見えて三年間はちゃんと家事もやってたんだよ!』
『へえ』
『うわー……、興味うっす』
練吾さんがレシピを頑なに教えないのは、きっと詩月さんにいつまでも焼きりんごを差し出すのは自分の役目であって欲しいからだと思う。
存外“噓吐き”な彼は、きっと聞いても素直に答えてくれないだろうけど。
地下の階段を降りてお店へ向かって行く二人の姿を、暫くずっと見つめていた。
◆
『は~~お腹いっぱいだね』
『練吾さん、凄いサービス量でしたもんね』
『ほんとね』
練吾さんのお店を出て、二人笑い合う。
まだまだ春が遠い夜道は、涼しい風が肌に容赦なく当たる。身軽な彼女が今からまた、自分の居場所へと帰ることも実感すれば、一層涼しさの中に寂しさまで感じてしまう。
――“もうちょっと一緒に居たいです”
その一言を吐き出せないまま、歩みはどんどん無情にも駅へと向かってしまう。
『由芽ちゃん。真直と鞍馬君って、似てると思う?』
『……え。全く似てません』
彼女からの突然の問いかけに、迷いなく答えた。くすくすと可笑しそうに口角を上げる詩月さんは「そうだよねえ」と言いながら立ち止まった。
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