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『あのね。この間、二人が広島に来てくれた時。私、作品に関することともう一つ。鞍馬君から交渉を受け“かけた”のよ』
『……受け、かけた?』
花がほころぶような笑顔の彼女は私の方へと向きを変えた。真っ直ぐで、たわやかな視線が降り注ぐ。
『正確には、私の所為で延期になったけど』
『……話が、見えません』
『由芽ちゃんが丁度お風呂に入ってる時ね』
“で。鞍馬君、最近どうなの”
“親戚のおじさんか、あんたは”
“なんかこう、プ、プライベートで変化は無いの”
“ありましたよ”
“え!! なに。もしかして、彼女出来ちゃったの!?”
“はい”
“え~~~嘘でしょ!? 嫌だ~~”
“嫌だってどういう意味だ”
“いつ!! いつ出来たのよ!!”
“今日”
“ん? 今日……?”
“先生。――俺は由芽のことを欲しいって交渉を、あんたにして大丈夫ですか”
そんな話をしてたなんて、全く知らない。あの男からも、勿論何も聞いてない。口をぱくぱくと魚のように動かすだけで何を言うこともままならない私に彼女は「二人もうちょっとラブラブ感出して来てよ?」と笑った。
『私ね。直ぐに何も言えなかった。「自分に二人のこれからを許すとか許さないとか、そんなこと言う権利あるのかな」って思っちゃったの。……それも、全部見破られてた』
“あー、やっぱ、なしで。交渉は延期します”
“え?”
“先生。先生は「ハナシ好き」という作家になることと同時に、「羽奈詩月」にも戻りたかったんじゃないんですか”
“……それは”
“あいつと、自分の娘と。いつまで他人行儀みたいな接し方してんすか。交渉は、あんたら親子の話がちゃんと終わってからです。良いですね”
“鞍馬君”
“はい?”
“やっぱりイケメン度上がっちゃったんじゃない?”
“言ってる場合か”
いつも私が知らないところで、私を支えてくれている。あの男の、絶対表に態々出さない優しさも、――――私は好きでたまらない。
『駄目だねえ、私。あんな風に手紙では格好良く書いておいて、いざ、目の前に立つと臆病になって足がすくむ。格好悪いままだね。だけど、……頑張らせて』
そう言った彼女はまた一歩私に近づく。そしてゆっくりこちらへ伸ばした手を、私の頬へと添えた。
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