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『今日、此処に来たのは。「まほろば出版」さんのことを勉強したいとか、色んなこと言ってたけど。そんなの建前だよ。私は、由芽が、――娘が働いてる姿を、この目で見たかっただけなの』
気持ちを吐き出した彼女はどこかほっとしたように、相好を崩す。その笑顔が、瞬きの度によく見えなくなっていく。
『凄いねえ、由芽。編集者、本当に格好良い。感動した』
『……、』
膨らんだ瞼は、堪え性が無い。直ぐに弾けて、涙が頬を滑っていく。「がんばったね」と労う彼女は優しく私の目元を拭ってくれた。
温かい。昔と何一つ変わることのない。
私は、この温もりに恋焦がれていた。
『…………おかあさん』
『……ん?』
『私。昔、酷いこと言って、ごめんね』
『え……?』
『おゆうぎ会の前日。我儘言って、わたし、お母さんに「嫌い」って。でも、直ぐに謝れると思ったの。そんなこと思ってないって、後から直ぐに、撤回出来ると思ってた……』
みっともなくしゃくり上げながら、ぐちゃぐちゃの顔で伝えきると、母は少し背伸びして私を抱き締めた。
『由芽。そんな昔の話、今も気にしてくれてたの……?』
宥めるようにぽんぽんと頭を撫でながら「大丈夫」を伝えてくれる彼女の背中に私もしがみつくように腕を回す。
今度こそ。
今度こそ、嘘偽りのない想いを伝えたい。
『私は今までも、これからも、――お母さんが大好き』
ずっと言いたかった。もう二度と言えることは無いと覚悟を決めて諦めた日々もあった。
また私は此処に戻って来れたのだと安心すれば、当然涙は増え続けていく。
『私もね。由芽が、だーーーいすき』
それはまるで、昔父が作る夕飯の献立を予想しながら帰る道すがら、母が私を抱き寄せて伝えてくれる愛、そのものだった。
ふふ、と笑うと同時に母の細い肩が揺れているのが分かる。
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