1229人が本棚に入れています
本棚に追加
「今日は、由芽はもう一人、話さないといけない人がいるでしょ?」
「……え」
「もっと、我儘だって言っていいの。きっとね、――“彼”なら、由芽の全部を受け入れてくれるよ」
そうして母が私の肩越しに指をさす方へ目線を動かす。
数メートル先、薄暗い夜道に溶け込みそうな真っ暗な服装の男が、ゆらりと外壁にもたれかかって立っていた。
私達からの視線を突然受けて、警戒心剥きだしのような表情になっている。
「やっぱり、真直に似てる」
「に、似てないよ……!」
「私も最初はそう思ったんだけどねえ。似てる所あったね」
「ど、どこ?」
「――――“凄く、愛情深いところ”」
にっこりと可憐な笑顔で答えた母は「見送りここまでで良いよ、また連絡するから」と私の背中を押す。
「鞍馬君!」
「え、なに。先生もしかして今日帰るんすか」
「帰る!!」
「は? なんで」
「なんでも! 例の交渉はまた今度、ゆっくりお願いしたい! 私もばっちりおめかしするから美味しいもの食べよう!」
可愛らしい声を力いっぱい張り上げて、ぶんぶん私達に手を振った母は、そのまま軽快な足取りで駅の方へと歩いて行ってしまった。
「……え。お前の部屋に泊まるのかと思ってたけど」
「私も、そのつもりだったけど、」
「何? ちゃんとあの人と話せなかったわけ?」
「話したよ。で、『鞍馬君とも、話しろ』って」
「は?」
――“もっと、我儘だって言っていいの”
本当? お母さん。幻滅されたりしない?
問いかけると、やっぱり私の中の母は屈託なく笑ってくれる。これは確実に自分の良いように仕立て上げたものな気もするけれど。
母が応援してくれるなら、勇気を出さなきゃ。
「あのさ、鞍馬、」
「……ん?」
「私は、あんたの、嬉しいこととか、それだけじゃなくて、悲しいことも、ちゃんと知りたい」
「……、」
直ぐ隣に立つ男がどんな顔をしているのか分からない。自分の相棒と化した仕事用の3センチヒールのパンプスばかり見つめてしまう。
最初のコメントを投稿しよう!