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「だから言ってほしかったの。副編集長なんて凄い話。一緒に、喜びたかったし、お祝いしたかった」
ぎゅっと自分の肩にかけているバッグの肩紐を両手で握る。その瞬間、男の革靴の底がアスファルトに軽く音を鳴らせる。近づいてくる気配とふわりとウッディの香り。少し自分の眼差しを持ち上げると、眼前に男の腹立たしいほど整った顔がある。
「え」と出そうとした声もまるごと、柔い感触に塞がれてしまった。
「うん。それで?」
「……あんた、話聞く気ある」
「アホか、めちゃくちゃあるわ」
隣に立って覗き込むような姿勢で器用に唇を重ねてきた男は、そのまま話しを続ける。渋い顔になりながらも暗褐色の瞳が緩やかに細まっていく様に見惚れていると、また軽く唇が合わさる。
「……な、何回するの!」
「は? 事前に回数言わないといけねえの。じゃあ」
「やめてよ!!?」
「はあ?」
私の滅茶苦茶な怒り方に、男が「どっちだよ」と思いきり破顔する。こいつにしては珍しく上機嫌さを隠さない笑顔で、結局じっと見つめてしまう。
「お前に言わなかったのは、俺はこんな所で満足するつもりが全く無かったから。ただの通過点だよ。……あと。好きな奴からの『凄いね』待ちすんのも、なんかだせえと思ったんだよ」
「……、」
「でもお前の言いたいことは分かった。悪かった、これからは善処する」
今こいつ、「好きな奴」って言わなかった?
聞き間違えた?
情報の処理機能がキャパオーバーを迎える直前だ。ぐるぐると目が回る私をじっと見つめる鞍馬は相変わらず愉しそうに笑っている。タチが悪すぎる。
睨み付けると応戦するように瞳を眇めた男は、私の尖らせた唇を宥めるようにまた自分の唇で触れた。
「あんた、本当に分かってるの」
「うん。お前が俺を好きだと言うことが分かった」
「……ほんとに、最悪すぎる」
「知ってる」と笑った男は、今度は私の後頭部に手を回して今までとは違う少し強引なキスを落とした。
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