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「後は?」
「え?」
「由芽チャンは、変な所で遠慮しがちなんだから今燻ってることは全部言っといた方が良いんじゃん?」
「子供扱いしてるでしょ」
眼光鋭く言えば、ゆっくり口角を上げた男がぽんぽんと頭を撫でて私を促す。
「……じゃ、じゃあ、一個。ちょっと気になってることがあるんだけれども、宜しいか」
「言葉遣いクソ気になるけど。何?」
「わ、私が就職する前。鞍馬、『構想社でバイトしたら?』って言ってくれたでしょう」
「……あー、あったな」
「あの時、私『あんたが居る所でなんて働かない』って言っちゃったけど、違うからね。凄く凄く嬉しかった、けど。頼ったらもう、あんたに"後輩"以上に、見られなくなりそうだったから。だから頑張りたかっただけなの。い、嫌な言い方してごめんなさい」
「そんなこと全然思ってないからね」と念押しする自分の声は、笑えるほど涙交じりだった。じわじわと熱くなる瞼を自覚しながら、下唇を噛む。
自分が本当はずっと心の何処かで引っかかり続けていたことだった。
打ち明けられたことにホッとして、それだけで涙が目に浮かぶ。
「おい、泣くなブスになんぞ」
「泣いてない」
「……あのな。そんなんとっくに知ってるわ」
「え?」
今度は目の前に立って、私の両頬を自分の手で掴み上げてくる。否応なしに見つめ合うことになった男の相変わらず美しい瞳には、鞍馬だけを見つめる自分が隠せるわけもなく全て映っている。
「お前が自分の力で頑張りたいって、ちゃんとあのスパルタオカマ編集長との縁を掴んだことも、今も懸命に頑張ってることも」
「……あんた御影さんに殺されるよ」
「断った時。俺に言いすぎたなって後で反省しながら可愛い顔してたことも、知ってますけど」
今、なんて言った? 鞍馬の言葉に耳を疑った。
この男のこんな一面を私は知らない。パニックになりながらも、身動きの取れない身体はその一身に男からの言葉を受けるしかなす術がない。
再生される「可愛い」に馬鹿みたいに体温が上昇していく自分が居る。
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