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「まあ、新座さんには揶揄われたけどな」
「え……、どうして?」
「『由芽ちゃんと一緒に働けるかもって期待してたから寂しいんだろ』って」
その頃を思い出しているのか、げんなりと遠くへ視線を投げて息を吐く鞍馬はまた直ぐに私を真っ直ぐ捕らえ直す。
「お前が先生と離れる時に約束した通り、自分の夢のために頑張ってる姿知ってんのに、怒るわけねえだろ」
「……じゃあちょっと、寂しかった?」
「お前言うようになってきたな」
私の返しが余程面白くなかったのか、かぷりと唇に甘噛みしてくる男が若干可愛く思えてくる。
堪えきれなくて笑うと、険しい表情をしていた鞍馬も結局最後は表情を崩した。
「え。就職してから連絡減ったのは私のため?」
「そうだっつの。お前にとって大事な時期だと思ったからな」
「……鞍馬、そんな気遣い出来るんだね」
「は? しばかれたいの?」
両方の頬に込められた手の力が強まった気がして必死にぶんぶんと首を横に振る。
「"鞍馬様、ご配慮恐れ入ります"。はいどうぞ?」
この男は何故すぐ暴君と化すのだろう。
挑発的に瞳を眇める男に向かって、意を決してぐんと背伸びをする。
そして、男の首に自分の二本の腕を巻き付けてしがみつく。驚きながらも、私に合わせて腰を少し屈めてくれるのが分かった。
慣れない大胆な行動に、全身が心臓になったような拍動を繰り返す。だけど、今日は、素直な気持ちを言うって決めたから。
「"青。今日、ずっと一緒に居てくれる?"」
流石に顔を見ながら言えないのはご愛嬌だと思って許して欲しい。
耳元で私の言葉を受け取った男は、暫くして「また一文字も合ってねーし」と笑いながら文句を宣う。
でも、その割に至極満足そうな表情を見せた暴君さまは、返事の代わりに再び私の唇を性急に奪った。
episode001. end
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