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「ユーリ」
王国騎士団団長、クラウス・ツヴァイテ・ミュラーは天幕の中、困り顔でユリウスを迎えた。ものすごくなにかを(きっと叱責の言葉だ)言いたそうに唇がもごもごと動いている。
それを無視してユリウスは、
「兄上、今日は天幕をお譲りください」
と単刀直入に告げた。
「ユーリ。待ちなさい、ユーリ」
兄がてのひらをこちらへ向け、それからユリウスと同じ明るい金髪をぐしゃりと掻き回した。
「十七になったから騎士団に入れてくれ、特別扱いはしなくていい、一介の新人として一番下から這い上がる、と豪語していたのは誰だったかな」
クラウスは父とよく似たおっとりした話し方をする。
しかしひとたび戦場となるとその声は凛と響き渡り、騎士団を鼓舞し続けるのだ、とはクラウスと幾度も生死を共にしたロンバードの言葉だ。
ユリウスもそんな兄の勇姿をひと目見たいとは思っているが、あいにくと言うかさいわいと言うか、現在は安寧の世。
ユリウスの入団前に兄率いる騎士団が周囲の国をのきなみ平定してしまったため、戦場に立つという機会には恵まれていないのだった。
ユリウスが騎士となって初の任務が、昨今急激に増えた難民の流入の原因を調査するべく、王命にて北の山を越えた先の隣国へ派遣された、いま現在というわけだが。
ユリウスは十五歳年の離れた兄をひたと見据え、口を開いた。
「確かにそれはこの僕が口にしたことです、兄上」
「だったら」
「しかし状況が変わりました」
「状況? それはおまえが抱えているその子どものことだろうか」
クラウスの視線が、ユリウスの腕の中へと落とされた。
ユリウスはそれを妨げるように右肩を前に出し、小さな体を抱えた。
「見ないでください。減ります」
「……ユーリ」
「兄上。僕は、僕のオメガに会いました。ならばあとはなにを置いても僕のオメガをまもるだけ。違いますか」
ユリウスの言葉に、クラウスの青い目が丸くなった。
兄の声と顔は父譲り、目の色は母譲り。ユリウスは逆に、顔は母に似て、目は父と同じ新緑の色をしている。
「『それ』がオメガ?」
「はい。僕のオメガです」
「待て待て、ユーリ。まだ幼児じゃないか。おまえも知ってるだろう。第二性の分化は十歳頃からだと」
クラウスの指摘は正しい。
人類は神から、二つの性を与えられている。
ひとつは男女の性。男性には男性器が、女性には女性器があるから、これは生まれたときから判別できる。
そしてもうひとつが、バース性と呼ばれるものだ。
バースには、アルファ、ベータ、オメガの三種がある。
兄の言う通り、バース性はふつう、十歳頃から分化してゆく。男女性と違って外見的特徴が顕れるわけではないので、見た目ではバースの判別ができない。
ならばどう見分けるのか。
方法は二つ。
一般的に広まっているのは、血液による判定だ。
薬師の一族が発明した特殊な配合の液体におのれの血を数滴垂らすと、アルファなら金色に、ベータなら変化はなく、オメガなら藍色に反応する。
もうひとつの方法は、匂いである。
アルファとオメガは、双方のみがわかる香りを発しているとされる。アルファは誘発香、オメガは誘惑香と呼ばれる。
ベータの鼻には感知できない匂いなので、アルファの香りに反応すればオメガ、オメガの香りに反応すればアルファ、と判別できるというわけだ。
しかしこの匂いによる判別には阻害要因が存在するため、正確性には欠けた。
疎外要因とはすなわち、アルファやオメガのバース性を制御するために開発された抑制剤のことだ。
ユリウスたちアルファはふだん、この抑制剤を使用しているので、オメガの匂いの影響を受けにくいのだった。
なぜ抑制剤が必要なのか、と問えばサーリーク王国のアルファは皆、口を揃えてこう答えるだろう。
理性を失ってオメガをいたずらに傷つけないためである、と。
ユリウスがアルファとして分化したのは十歳の頃。以降は兄たち他のアルファに倣って抑制剤を定期的に服用してきた。
それなのに、だ。
それなのにわかった。
これが僕のオメガだと。
抱き上げた瞬間にわかってしまった。
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