Lost and find

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 地下鉄に乗って数駅移動し、向かった先は深夜営業をしている水煙草屋。ここ半年くらいたまにふらっとやって来ては始発が走り出すまでゆっくりとコーヒーを飲みながら一服やっている。  落ち着いた照明が照らす十席ほどの店内を見渡すと、ちらほらと水煙草を吸っている客がいる。  どの席が空いているかを見ながら、オレはカウンターの向こうを気にする。すると、細身で肌の白い、すこし小柄な男と目が合った。彼はこの店の店長だ。  店長がにっこりと笑って声を掛けてくる。 「いらっしゃいませ。今日はどんなのがご希望です?」  その問いに、カウンターの奥にある棚に並んだ水煙草の瓶を見ながらこう返す。 「今日の店長のおすすめがいいかな」 「今日のおすすめですか。 そうですね。今日の僕のおすすめは、アップルバニラフレーバーのやつですかね。 タールが少なめでイツキさんでも吸いやすいですよ」  さりげなく名前を呼ばれてなんとなくこそばゆくなる。なんかもう、常連っていう感じだ。  こそばゆいのは、常連っぽくなったからとかそういうことだけじゃないんだけど。  好きな席に座るように勧められたので、白地に青い刺繍が入ったクッションが置かれた席に座る。この席からはカウンターがよく見えるので、この席が空いている時はいつもここだ。  店長が水の入った青いおおきな瓶とそれに繋げるパイプ、それに煙草の葉を持って俺の席に来る。店長は瓶の上部に付いた金属の部分に煙草の葉を入れて、手慣れた手つきで火を付けながら俺に訊ねる。 「お飲み物はどうします?」  オレはメニューを見ずにこう答える。 「フレーバーが甘いから深煎りのコーヒーかな」 「わかりました。少々お待ち下さい」  席を離れていく店長を見ながら、パイプに付いている吸い口に口を付けて、ゆっくりと煙を吸う。甘い香りが口の中に広がって、すこしだけ喉の奥がいがらっぽくなる。  煙を深く吸ったりはせずに、口の中にすこし溜めて斜め上に吹き出す。これが水煙草の吸い方だ。水煙草に興味はあったけれど全くなにも知らなかったオレに、店長が吸い方を教えてくれたっけ。  しばらく水煙草をふかしていると、店長がコーヒーを持ってきた。そこですこし話をしたかったけれども、他の客がお会計とのことだったので、店長はすぐに席を離れてしまった。  コーヒーに口を付ける。苦くてコクのある味は、今日の水煙草のフレーバーにぴったりだ。  終電が過ぎた頃になると、飲み歩きをした後といった様子の客が何人かやって来て賑やかに水煙草をふかしはじめる。  彼らもこの店ではよく見る顔だ。ここに来る時は時はいつも始発が動くまでこの店で酔い覚ましの水煙草とコーヒーを一服やるんだと、店長が言っていたっけ。  賑やかな客が店長といろいろと話し込んでいる。彼らがいる間は、オレはほとんど店長とは話せない。それはすこしもどかしいけれど、店長としても商売なのだからオレのわがままは通せない。  それから、コーヒーのおかわりを何杯かして、煙草の葉の追加も数回して、始発が動きはじめる頃までゆっくりと水煙草をふかした。  夜が明けたのかどうか、この店の中ではわからない。店の窓は全部、隣にあるビルに面していて暗いからだ。  賑やかだった客が席を立って会計をする。これでやっと、オレも店長と話す時間が作れる。  会計を済ませた店長を見ていると、あの客が去った後、しばらくぼんやりと入り口を見ていた。  あの客が帰ったのが寂しいわけではないだろう。彼らが来ていない時でも店長は始発が動く頃、閉店近くの時間になるとああやってぼんやりと入り口を見つめる仕草をする。そのさまはまるで、誰かを待っているようだ。  誰を待っているのか。本当に誰かを待っているのか。それはわからないけれども、寂しげなその店長の姿を見ると、思わず胸が痛くなる。  ふと、はじめてこの水煙草屋に来た時のことを思い出した。  はじめてオレが水煙草を吸った時、丁寧に吸い方を教えて貰ったのに、つい大きくむせてしまった。そんなオレを心配そうに見て、それでも、そんなに吸い慣れていないのに興味を持ってくれてうれしいと笑ったあの顔が忘れられない。  あの時の店長の顔は、とても無邪気で、すごく幼く見えて、一目で惹かれた。  カウンターの向こうで寂しそうな顔をする店長に見とれていると、目が合った。その瞬間、店長はにこりと笑って話し掛けてきた。 「イツキさんはまだお時間大丈夫なんですか?」 「大丈夫っていうか、なんだろ。 店長と話したくて」 「僕とですか? ふふふ、うれしいなぁ」  今、この店にはオレ以外の客はいない。だからだろうか、店長はカウンターから出てきてオレの隣の席に座る。  席と席の間にはすこし間があいているけれども、店長が隣にいると思うとなんだかドキドキした。  店長がオレの顔をまじまじと見てこんなことを言う。 「ところでイツキさん、なんとなく顔が赤いですけど、暑いですか?」  たしかに言われてみると、顔が熱くなっている。でも、別に暑いとかそういうわけではなくて、でも、どうしてそうなっているのかを正直には言えない。  だから、誤魔化すように笑ってこう返した。 「いやぁ、ここに来る前に警察に職質されちゃって。 その時に恥ずかしいもの見られちゃったの思いだしてさ」  すると、店長はオレが椅子の背もたれと背中の間に置いているドクターバッグをちらりと見てくすくすと笑う。 「あー、またまずいもの持ち歩いてたんですね。 恋人さんのためとはいえ、大変ですね」 「あはは……まあね」  店長はずいぶんと清楚な見た目をしているのに、アダルトグッズとかそういうのに意外と耐性があって、こうやって笑い飛ばしてくれる。とてもたすかる。  でも、本当は恋人なんていないっていうのも、アダルトグッズを大量に持ち歩いている本当の理由も、まだ店長には話せそうにない。  本当のことを話して、店長に嫌われるのがこわかった。  閉店の時間になって、席を立って会計をする。  もっと店長と話をしたいけれど、これから片付けをして店長も寝ないと身が持たないだろう。それはわかるので、無理に居座ることはしない。  出入り口のドアに手をかけて振り返ると、店長がこう声を掛けてきた。 「また来て下さいね」  それから、慣れたようにウィンクをする。 「う、うん。また来る」  また顔が熱くなる。顔が赤いのを見られないように、ドアを開けてからは振り返らずに店を出た。
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