9人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
水煙草屋に行った翌日、オレと同じように退魔師をやっている友人たちと三人で集まって、いつもの飲み屋で意見交換をしていた。
他の人に聞かれるとまずい話もだいぶあるので、個室を使えるこの飲み屋をよく使うのだ。
オレが依頼人から受けた相談のメモを見ながら、はす向かいに座ったモデルみたいな風貌の友人に言う。
「昨日相談受けた人なんだけどさ、どうやら先祖の霊が絡んでるっぽいんだよ。
これだと仏教系だと思うから勤に回したいんだけど」
オレの言葉に、勤はいつも仕事のメモに使ってるハードカバーのノートにメモをとりながらこう返してくる。
「なるほど。
ただ、先祖って言っても煉獄から出たいから祈りをあげてくれとかだと、キリスト教の範疇だからジョルジュに相談した方がいいんだけど、そのあたりの確認は取ったか?」
「明らかに家に仏壇があった」
「あいよ」
オレと勤とでそんなやりとりをしていると、オレの向かいに座っている、良家の令息といった雰囲気の友人が溜息をついて言う。
「本当に、勤に回る仕事は多いね。
まあ、日本は仏教が一般的だから、そっちの専門の勤に仕事が集中するのはわかるけれども」
それに対して、勤は苦笑いをしてこう返す。
「でも、キリスト教系の厄介ごとは俺もイツキも手が出せないからな。
たまにそういうのがあるとクリスチャンのジョルジュを頼らざるを得ない」
「まあ、件数が少ない分、対応できる人も少ないからね」
そう言ったジョルジュは、品のいい仕草で手元に開いていたシステム手帳のページを一枚外して、オレに渡してくる。
「それで、この件はおそらくイツキでないとやれなさそうなんだけれど、見てくれないかな。
宗派の定まらないものは、僕の手には負えない」
「あー、まあ、無宗派系の退魔の道具は苦手だもんな……ジョルジュは……」
そんな感じで、各々手に負えないと判断した案件を適任に回したり、その他の情報交換をして、片付けをしてから店員を呼んで注文をする。もうすっかり夕飯時なので、酒もはいるしがっつりごはんも食べる。
すぐに注文した酒が運ばれてきて、各自好きなように飲みはじめる。
仕事の話はもう終わったので、気分を変えるようにオレはジョルジュと勤にこう訊ねる。
「ところで、ここ最近のおもしろトピックはないですか~?」
すると、すぐに返してきたのはジョルジュだ。
「実は先日妻の誕生日でね。プレゼントを贈ったんだ」
いかにもしあわせそうにそういうジョルジュに言葉を返す。
「なに? またなにかゴージャスなもの?」
「今年はどんなの用意したんだ?」
オレと勤の問いに、ジョルジュは丁寧に説明してくれる。
「実は、SNSでずいぶんとかわいらしいアイシングのクッキーを見かけてね。
ああ、こういうのはきっと好きだろうなと思って、オーダーできるお店を探して注文したんだ」
「へー、いいじゃん」
例年のようすだと、どれくらいかかっているかはわからないけれど明らかに高価そうなものを奥さんに贈ってるみたいだったので、今年はクッキーだというのはちょっと意外だ。
いやでも、オーダーって言ってるしとんでもないところに発注してるのかもしれない。
アレルギー対応もしてくれている店だから、もしもの時のために教えておくと言って、ジョルジュは丁寧にその店の名前と住所、電話番号とURLをメモに書いて、オレと勤に渡してくれた。
もしもの時というのがよくわからなかったけれども、ありがたくそのメモをいつも持ち歩いてるメモ用の小さなノートに挟む。
それから、にやりと笑って勤に訊ねる。
「で? 勤は好きな人とどうなったんですか~?」
すると、勤は一瞬声を詰まらせてからこう返してきた。
「まあ、たまに会って一緒に遊んだりもしてるよ」
その言葉に、ジョルジュはにこにこと笑いながらこう言う。
「勤も、早く思いが叶うといいね」
「あー、それはだいぶ難しい」
「そうなのかい?」
恋路ってのは上手くいったりいかなかったりするもんだなと他人事でいたら、急にジョルジュから話を振られた。
「ところで、イツキは意外にも浮いた話がないけれど、恋人はいないのかい?」
咄嗟に、水煙草屋の店長の顔が思い浮かんで顔が熱くなる。
でも、恋人とかそういうのじゃないし、なんていうか……
「好きな人は、少し前からいるけど……」
自分でもびっくりするくらいに控えめな声でそう言うと、勤が笑いながらこんなことを言う。
「そんなこと言ってもさ、イツキのことだから本当はもう付き合ってんじゃないのか?」
ジョルジュも、くすくすと笑ってこんなことを言う。
「そこまで行かなくとも、もう手を繋ぐくらいはしてるんだろう?」
そこで、店長の華奢な手を思い出す。水煙草を扱っている時や、会計の時にすこしだけ触れるあの感触を思い出してますます顔が熱くなる。
「そんな、手を繋ぐなんて恥ずかしくてできないお……」
すると、勤がスッと真顔になる。
「仕事であんなの使ってるのにそんなこと言う?」
「仕事は仕事だろ! 多少は趣味だけど!」
「多少とはいえ趣味もあるのか」
勤とオレのやりとりを聞いていたジョルジュも意外そうな顔をしている。けれども、すぐに頷いて微笑ましそうな顔をする。
「わかるよ。好きな人と手を繋ぐというのは、なんだか緊張してしまうものだよね。
僕だって、妻と結婚して数年経つけれど、いざ手を繋ぐとなると今でも緊張してしまうしね」
結婚して数年経ってもそうなのかと意外に思っていると、勤が苦笑いをしてこう返す。
「まあ、ジョルジュがそうなるのは納得できるんだよ。普段の言動から」
それを聞いて、俺は思わずムッとして訊く。
「なに? じゃあオレは納得できないのはなんで?」
「逆に納得できる要因あんの?」
「ないです……」
まあ、たしかに、あれだけアダルトグッズを持ち歩いてるやつに、手を繋ぐのも恥ずかしいなんて言われて納得できるはずがない。それはそう。
でも、それはそれとして、ジョルジュの結婚して何年経っても手を繋ぐだけで緊張するっていうのを聞いて、なんとなく安心した。やっぱり、手を繋ぐのが恥ずかしいとか緊張するとか、別におかしいことじゃないんだって思った。
店長と手を繋ぐところを想像してドキドキしていると、勤がにっと笑ってこう言う。
「まあ、そんな感じじゃ告白もまだなんだろうな」
「あっ? えっ? あの、うん」
告白なんてそんな。でも、手を繋ぐならまずは告白が先だろうし……
うまく言葉をまとめられないでいると、ジョルジュがくすくすと笑ってこう言う。
「焦らなくていいんだよ。
ひとそれぞれちょうど良い距離感とペースがあるからね。
イツキはイツキなりに、自分のペースで思い人と仲を深めていけばいいんじゃないかな」
そうは言っても、店長と仲を深められるだろうか。もっと仲良くなりたいとは思うけど。
そのあと、しばらくわいわいと恋バナだとかジョルジュが教えてくれたお店だとかの話で盛り上がる。
酒もだいぶ入っていい気分になったところで、オレははたと思い出す。
「そういえば、除霊で使ってる陽根がそろそろダメになってきたから買い換えようと思ってさ。
おまえらも一緒にお店行かない?」
ヘラヘラと笑ってふたりにそう言うと、ジョルジュが神妙な顔をしてこう返す。
「お店って、あのいかがわしいところだろう?
僕は遠慮しておくよ」
「やっぱジョルジュはダメか」
オレが除霊の道具を買いに行くのはアダルトショップなのだけれども、以前ジョルジュを連れていった時に驚いて腰を抜かしていたのでこの反応に驚きはない。
一方の勤は、呆れたように溜息をついてこう言った。
「イツキは仕事道具と奥手さのギャップがエグいんだよ」
そんなにギャップがあるだろうか。
自分ではよくわからなかったけれど、とりあえず買い物には勤も付き合ってくれることになった。
最初のコメントを投稿しよう!