Lost and find

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 それから二週間ほどが経って、また情報交換のために勤とジョルジュといつもの飲み屋で会うことになった。  業務連絡はあいかわらず、それぞれに大変なのだなというのがうかがえる内容だったけれども、仕事を適任に回すのと、他の退魔師の活動状況などの情報の交換と共有をした。  このあたりで活動している退魔師はおおむね把握しているつもりだけれども、今までに水煙草屋の店長の話はでてきたことがない。やっぱり、店長が退魔師だというのはオレの勘違いなのだろうか。  だとしたら、あの一瞬の同情と同類を見るような目はなんだったのだろうと思わず考えていると、ジョルジュがにこにこと笑いながらこう訊ねてきた。 「ところで、イツキは思い人との仲はどうなったのかな?」  それに対して、勤は笑いながら言う。 「気が早いな。 こんなちょっとの間に進展するわけないだろ。あの調子で」  このふたりも、オレと店長がどうなってるのか気になるのか。実際、オレと店長の仲がどうなったかというと、オープン記念の日以来なにかが進展したということはない。  でも、オレが持っていった花束を見て笑った店長の顔と、一瞬だけ触れた手の感触を思い出して、つい顔が熱くなる。  あの日はいつもよりちょっとだけとはいえたくさん話せたし、もしかしたら店長もオレにすこし親しみが増したのかもしれない。  ああ、でも、どうなんだろう。  頭の中で色々なことがぐるぐると回ったまま、オレは手元にあった水を飲んでから答える。 「どうなったもなにも、店員と客だからさ」  すると、ジョルジュも勤も手元のメニューから目を離して、神妙な顔で俺を見る。そこへ、店員が注文を取りに来た。  酒と夕飯の鍋を注文して店員が個室から出ていった後、勤が苦々しく言う。 「イツキ、おまえ、店員さんに接客で愛想よくされただけなのをなにか勘違いしてないか?」  思わず言葉が詰まる。勤の言うとおりだ。  店長がオレに愛想よくしてくれるのも、オレが客だからだろう。それはわかってる。  だから、オレはこう返した。 「そうかもしれない。 だから、オレはあの人がオレのことを好きだとは思ってないよ」  こんなこと、すぐに思いつくようなことなのに、改めて言葉にすると声が震えた。店長が別にオレのことを好きなわけじゃないっていうのを確認するような自分の言葉に疵付いた。  でも、ここでなにか勘違いして店長に迷惑をかけるわけにはいかないんだ。 「だから、告白なんかしないで客として店に行ってる」  だんだん小さくなっていく俺の声を聞いてか、勤が申し訳なさそうな顔をしてオレの頭をわしわしと撫でる。 「なんかごめんな。 でも、自覚してるならいいんだ。 客でしかないのに変な風に突っ走ったら、悪いようにしかならないからさ」 「うん……」  勤の言うことももっともだ。わかってる。  ふとジョルジュの方を見ると、やっぱり難しい顔をしている。客と店員だとわかって、これ以上応援のしようもないと思ったのだろう。  なんだか妙な空気になってしまったので、オレはなんとか笑顔を作ってこう切り出す。 「でも、この前お店の周年記念の時に花束持っていったんだよ」  すると、ジョルジュがにこりと笑ってこう言う。 「お祝いかい? それはいいね」  一方の勤は、また神妙な顔をしてこう訊ねてくる。 「そんな花束を持っていくって、どんなお店?」  あ、これはたぶん、夜の商売のお店だと思ってるな。まあたしかに、深夜営業のお店だけどもうちょっとニュアンスが違う。 「水煙草屋だよ。コーヒーもお茶もおいしくていいところだよ」  さりげなく勤の勘違いを訂正すると、勤もジョルジュも興味深そうに俺を見る。 「へぇ、水煙草」 「煙草は体によくないとは思うけれど、水煙草の瓶はきれいだとよく聞くね」  どんなお店かをふたりに少し聞かれて、いろんなフレーバーの煙草があるとか、雰囲気のいいところだとか、そんな話をしてからこう付け加える。 「あの店員さんがいなくてもお気に入りの店だから、お祝いにと思って花束持っていったんだ」  すると、ジョルジュがくすくすと笑う。 「それは、お店の店員さんや店長さんに言った方がいいんじゃないかな。 きっとよろこばれるよ」 「う、うん」  本当は、あの花束は、お祝いの気持ちももちろんあったけれど、それ以上に店長に渡したかったというのは言えない。だってきっと、店長だってそんなことを知ったら戸惑うだろうし。  ふと、勤が訝しそうな顔でオレに訊ねてくる。 「でも、その水煙草屋がいいところなのはわかったけど、店員さんの気を惹くのに課金しすぎてるっていうか、貢いでたりとかしてないか? 大丈夫?」  それを聞いて思わずムッとする。 「それはなんか違うからやってない」  咄嗟にそう返したけれど、でもどうなんだろう。一度お店にはいるとかなり長居するし、長居するからには煙草は何種類か吸ってるし、飲み物もだいぶ注文している。正直言えば、会計の時の金額はまあまあなものだ。これを月に何度もやってるとなると、重課金の部類にははいるかもしれない。  ちょっと自分の言葉に疑問は感じたけれども、勤はまた一言謝ってから、にっと笑ってオレに言う。 「それならいいんだ。 おまえが身を持ち崩したりしないか心配だっただけだからさ」 「うん」  今の稼ぎを維持できてないとちょっとあやしいぐらいには使っているなと気づいてしまったけれど、それは長居するのをやめるか、行く回数を減らすかすればいいだけだ。店長と話せる機会が減るのは寂しいけれど。  そんな話をしているうちに酒が運ばれてきて、各々好きに飲みはじめる。そんななかで、ジョルジュがこんなことを言った。 「イツキが意外にも弁えているのはわかったけれども、客と店員の壁を越えられないのなら、あきらめた方がいいんじゃないかな」  その言葉が胸に刺さった。  たしかにジョルジュの言うとおりだ。このまま客と店員でいるのなら、オレはこれ以上店長に入れ込まない方がいい。  でも、それでも、店長のことを好きでいるのをあきらめたくなかった。  だから、オレは泣きそうになったけれど笑って返す。 「オレ、好きなのを伝えられなくてもずっと好きでいたい」  それを聞いたジョルジュは、いったん俺をじっと見てから、目を閉じてこう言う。 「それなら、イツキの身に奇跡が起こるように祈っているよ」  それから、胸の前で十字を切った。
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