この『愛』の証明の仕方

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 次の朝。  目を覚ました世界では、もう、誰も居なかった。 「神様」  不意に、声がした。気配は二つ。 「どうして、人間を皆、眠らせてしまったのですか」 「…………捨てた名前で、私を呼ばないで…」  私はもう、その力を捨てるつもりだ。  人間を皆、眠らせたのもこの力。それでも衣食住に困らなかったのも、この力があった為だ。  しかしこの『神の力』でも、変えられないものがある。『人間の心』と、『寿命』だ。  だから私は、眠らせることしか出来なかった。 「私は『茉弥』だよ。……最後の、人間だ」  もうそこには誰も居ない。  ベッドから身を起こしても足を床に下ろす気にはなれなくて、シーツを搔き抱いた。  まるでそこに微かに残る、彼女の温もりに縋るように。ーーーなんてもう、そんなものは残っていない。私しか居ない。 「…………どうして、私は……幸せになれなかったのッ…!」  目から染み出た水分がシーツを濡らして温かくした。こんなのは、虚しい。私の体温しかない世界。    一目惚れだった。  なっちゃん。  空から見付けて、好きになってしまった。  人間の姿で地上に降りて、友人になって。友人じゃ足りなくなって。次第に異性が脅威に思えて、先に永遠に眠らせた。そうしてやっと得た幸せも、やっぱり他人が脅威に思えて同性まで眠らせた。それでも不安は無くならなくて、私はーーー……。 「…………貴女は人間世界に於いて赤子だったんです。生まれ落ちたばかりだったのに、神の力があったのがいけなかった。悲劇を生んでしまったのは、貴女のせいではない。神の力と、無知のせいです」  優しい天使が言った。 「そんなわけない。解っているでしょう? 神様。貴女は初めから愛なんて解っていなかった。貴女が愛していたのは貴女自身に他ならない。だから、あの人間の気持ちを最後まで信じられなかったんだ。その上また、自分が幸せになれなかったことを嘆いているなんて。神も堕ちたものですね。ーーーああ、茉弥でしたか。自己愛が凄くて、主観的で、排他的でーーー貴女がなりたいと望んだ『人間』臭くて、僕はとても良いと思いますけどね?」  悪魔が嗤いながら、言った。 「………私は、どうしたら……」 「そんなの、答えは一つですよ」 「ダメです、神様っ! 天に戻って、全てを元に戻して下さいっ!」  悪魔がにやにやと嗤うのを、天使が青ざめて止めようとした。けれど、先程の悪魔の言葉によって後悔と自責の念に苛まれ始めた私の耳には、天使の言葉なんて響かない。ーーー天使は、私の過ちを“私のせいではない”と言ったから。  悪魔の指摘の通り、そんなのは、嘘だ。  優しい嘘で、誰も救えない。  私は、ーーーー赦されたかったのだ。 「彼女への愛が本当だったのなら、貴女も最後までヒトとしてーーー全てがそうなったように、貴女も永久に眠りにつくべきだ。茉弥として」  悪魔の言葉は、間違いを知った(わたし)には甘美なものに聞こえた。贖罪のチャンスを与えてくれた。  天使が居るならば、悪魔も必要だ。  世の中は、そうして成り立っている。  その時々で、必要なものは変わっていく。縋るものは変わっていく。……成程、なっちゃんの次は悪魔の言葉に縋る。私は本当にとてつもなく、人間らしくなった。  縋りたいものに、縋る。  正しいとか正しくないとかはもう、関係がないのだ。  天使。悪魔。なんて判断もそう言えば主観的なのかもしれない。  羽根が白いからってなぜ天使だと思う?  羽根が黒いからってなぜ悪魔だと思う?  本当は反対かもしれない。  先入観が邪魔をしているだけ。  信じたい言葉をくれた方が、『善』なのだ。 「…………そうね」  黒い羽根の天使に教えて貰ったのは、最期に出来る、私の贖罪。愛の証明の仕方。  此処で皆を眠りから起こしてしまえばーーーー無かったことにしてしまう。  あの日々を。  私の愛を。  貴女がくれていた、『本当』を。 「私の愛を証明しなくては…」 「神様っ!」  白い羽根の悪魔が諌めるように叫んだ。嘆いたのかもしれない。  ごめんね、とほんの少しだけ思った。  ヒトも。天使も。悪魔も。かつて、私には隔てなく等しく、大切な存在だった。ーーーそうそれは、私が“恋の病”にかかってしまうーーーだいぶ昔の話だ。  私を愛してくれている羽根を持つ二つの存在に、優しくキスをした。 「ありがとう。後の事は、あなた達に任せるね」  そうして人類は永遠の眠りについた。  
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