プライベートの顔

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プライベートの顔

 金曜日の夜だった。  僕は定時ダッシュして映画を見て、余韻に浸りつつ、カフェオレ片手にぼうっと海沿いの公園を歩いていた。ライトアップされた橋が綺麗で、さっき見た映画の世界観に似ていた。欄干(らんかん)にもたれて白い息を吐きながら、しばらく眺めた。  お腹もすいたし、なんか買って帰るかな、それにしてもカップル多いなぁ、なんて思いながら帰路につこうとした時。 「やめてよ、こんなところで」  聞き覚えのある声だ、と思ってそっちを見た。  少し離れた場所でカップルがキスをしていた。濃厚なやつを。    街灯の下に立つ二人は、スポットライトを浴びているようで。  わずかに抵抗するように男性の肩に置かれた両手。その手首にシルバーの細い腕時計がついていた。そういえば先日職場で「新しい腕時計買ったの」「えーかわいい」と筧さんたちが話していたな……と思い出して、彼女だと気付いた。  固まったまま二人を見る僕は、完全に脇役で、お呼びじゃないのに、目が離せなかった。  やっと二人は唇を離す。 「もう、やだぁ、ケイくんお酒くさいし」  吐息まじりの言葉。  僕は思わず胸のあたりを押さえていた。押さえてないと心臓が口から出てしまうと、本気で思った。  とろけた顔の、筧さん。知ってる人だけど、あんな顔知らない。頬がピンクで、めちゃくちゃ色っぽくて、いつもと違ってくだけた口調が、可愛く弾んでいた。  確か今日の午前中は険しい顔で上司と口論してなかったか。ギャップが激しすぎる。  男性の方が僕の視線に気づいたのか、こっちを見たのであわてて目をそらした。そのまま歩き始める。  気づかれなかった、と思う。  帰りの電車の中では映画の場面が頭から消え去って、筧さんの裏の顔を見てしまったドキドキが胸の中をしめていた。  あんな場面を見たら意識してしまう。  それから彼女をこっそり見るようになった。ただ、見るだけ。  その筧さんは、今は別室で会議中だ。  つまらない。
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