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「高田係長、データ送ったんでチェックしてもらっていいですか」
「ああ、はい」
隣の席の部下、谷川さんの声で、僕は現実に戻る。
「どれどれ」
「今回は自信ありますよ、何回も見直したんですから!」
「……谷川さん、ここ字が間違ってる。資料が『死霊』になってる。
あと西暦2222年になってるんだけど」
「えっマジで」
「そういう時はせめて『本当ですか』と言いなさい」
他の修正点もできるだけ優しく指摘して、明日のプレゼンに頭を切り替える。
「会社での顔」が上手いのは僕も同じだと思いたい。
派手さはなく大人しいけど、コツコツ仕事をする姿勢が堅実だと受け取られ、取引先からの信頼も厚い。プライベートでは長年付き合っていた彼女と夏に別れて、「しばらく恋愛はないですね」なんて、傷心のフリをしてる。
本当はとっくに冷めきってたのに。
30代も後半になり、今回の失恋で「独身も楽しいぞ」と言われることも多くなった。趣味もあるし、それでいいかなと思う。
筧さんのことは気になるけど、彼氏持ちだ。推しが職場にいると思って仕事を頑張ろう。
前向きな気持ちになったところでケータイを見ると、SNSに目を惹く写真が流れてきた。「本日入荷しました!」のコメント。
口元が緩む。定時終わりの楽しみができた。
午後からはそのことで頭がいっぱいで。
だからあの店で会うなんて、思ってもみなかったんだ。
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