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「お先に注文どうぞ」
居酒屋の個室。店のタブレットを渡すと、筧さんはきょとんとした。
「いいんですか?」
「はい、もちろん」
それからメニューを楽しそうに眺め始めた。
ベージュのハイネックのセーターに黒いスカート。休日の彼女は普段のピシッとした雰囲気と違って、柔らかい印象だった。
注文した飲み物とつまみがきて、店員さんがふすまを閉めると、僕らは待ってました、とばかりにアニメ談義に花を咲かせた。
語りすぎて喉が渇き、ビールが進む。筧さんも同じようにどんどん注文するものだから、あっという間に二人とも酔っぱらってしまった。
そのうち筧さんが「会社じゃないんで、役職なしでもいいですか」と言ってきたので了承した。
「僕は普段も敬語話す人なんで、気にしないでください」
「ふふ、高田さんって面白い」
とろんとした目で、赤ワインを口に注ぎ込む。できればそんな目で見ないでほしいけれど、可愛いので目が合うのは嬉しい。もやもやを抱えながら、僕は平静を装って会話を続けた。
「先日アニメルトで会ったの、会社には言わないでいてくれたんですね」
「言いませんよ」
「あまり引かないでいてくれて助かります」
「……まあ、会社の人達もけっこう裏の顔持っている人多いですしね」
「裏の顔?」
彼女は指を折って数えていく。
「えーと、私が知ってる中でも、週末ヴィジュアルバンドやってる人、それから美少女恋愛ゲームに夢中な人、あと不倫している人もいるし、会社に内緒で副業している人もいますよ」
「……そうなんですか?」
誰がそうなんだか、想像がつかない。
筧さんはつまようじで生ハムとチーズを刺して、くるくる回す。
「皆ね、演じてるんですよ。職場での顔を。
アニメ好きも何人か知ってます。でも『閃光』は周りに見ている人いなかったから、高田さんと話せて嬉しいです」
「よかったです。引き続き内緒にしてくれますか?」
「はい。でも、昔からしたらアニメ・漫画もメジャーになりつつあるし、そんなに気にしなくてもいいんじゃないですか? ちょっとくらい……」
小首をかしげると、前髪がさらりと落ちた。
「いや……」
僕は口ごもる。そして何杯目かのビールを飲み干し、勢いで打ち明けた。
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